4匹目:
「と、言う訳なの」
「先輩。斯く斯く然々で伝われば誰も苦労せんのですよ」
呆れ声の行く先、床に座るこちらを見下ろすように、ベッドの縁に座る山田姉がいる。同じくベッドの上には、山田姉から距離を取るようにしたゴキ子が団子状態で威嚇中だ。外出中に何が起こったのかは聞かないほうがいいのだろう。
ゴキ子からの威嚇を華麗に無視した山田姉は頬に手を当て、
「あらー? 弟くんにはこれで通じるのだけど」
……苦労してるんだな……。
と、弟に同情してしまう。
その弟は、先ほどテラスから落下してまだ戻っていないが、勝手に帰ってくるのが分かりきっているため大絶賛放置中だ。あの高さで怪我をするようなやつではないので、そちらの心配も無用。
仮に怪我をしていたとしても、すぐに回復するだろう。あまりの回復力に学内で“不死身のギャグ要員”の二つ名を与えられるほどだ。
曰く、包帯まみれになっても次のコマには完治している。
曰く、姉の虐待の賜物。
曰く、Mの化身。
曰く、最速のパシリ。
曰く、対山田姉専用人身御供。
曰く、便利。
後半から回復力に対する言及ではない気がする。最後に至っては完全に総評だが、そういう校風なのだということで納得しておこう。
それよりも今は、
「先輩。ちゃんとした説明をお願いします」
「せっぱ!」
突如の叫びに数秒間が空き、
「そ、そもさん?」
困惑の中で問うと山田姉は満足気に、
「通じたみたいね」
……いやぜんぜん。
そもそも、言葉の流れも意味も全て間違っているのだから通じるはずがない。
それをどうやって伝えたものかと思案するが、
「先輩。説明をわかりやすくお願いします」
思いつかなかったので素直に聞き直すことにした。
するとゴキ子の方へ動こうと四つん這いになっていた山田姉が、こちらに顔を向けて、
「ついさっきね、教授に頼まれたの」
「博士に?」
「ええ。電話でね。『私の愚民であり、君の可愛い後輩である坂田が窮地に陥っている』って。それでおもし、もとい、心配になったから弟くんと一緒にここまで来たの」
「今、面白そうって言いませんでした?」
「心配してきたのよ」
「あ、はい」
釈然としない思いはあるが、あの笑顔には逆らえない。逆らえば即葱だ。スケープゴートがいれば問題ないのだが、今はいない。
結果、山田姉の言い分を聞き入れるしかないわけで、
「あの、別に窮地に陥ってるわけじゃないんで、できれば帰っていただきたいんですけど……」
……というか、あの馬鹿つれて速攻帰宅しろ。
しかし、こちらの言い分は聞き入れられず、
「折角来たのだからゆっくりしていくわ」
その台詞は持て成す側が使うものだと思う。
と、そんなことを思うが、当然、山田姉には伝わらず、
「お土産も持ってきたしね」
そう言ってベッドの脇に置かれていたバッグを漁り、取り出したものをこちらに差し出してくる。
山田姉の両手にあるのは、卵だった。
数は十二。蓋のないパックの中で綺麗に整列したそれは、それぞれ殻の真中に別色のロゴが入っており、そのロゴを中心にやはりそれぞれ異なる模様が描かれている。
「卵ですか?」
見たままを疑問として送れば、
「ええ、卵。弟くん御推薦のね」
見たままの答えが返ってきた。弟の推薦という不安なオマケ付きで。
ただ、形は普通の卵だ。
だが、そのうちの一つを手に取ってみると、
……?
殻がフィルムで覆われていた。
そのことを問おうと山田姉を見上げれば、そこには笑の顔がある。剥いでみろ、とそういうことだろう。
……?
フィルムを剥いでみるとやはり疑問が生まれた。
本来、その殆どをカルシウムで構成するはずの殻が、明らかに人工物で造られていたのだ。
再度、山田姉に確認を送れば、今度は卵を上下に開くジェスチャーを返してきた。
だからその通りに殻を開く。すると今度こそ白い卵があった。
ロゴも模様もないそれは、突くとプリンのように揺れ、すぐに元の形に戻っていく。引っ張れば驚くほど伸び、離せばやはり元の形へと戻る。
これは少なくとも卵ではない。
「なんですかこれ?」
こちらの問いへの返答は、またもジェスチャーで行われた。
それが示す通りに、卵の下に残っていた殻を取り外す。そして裏返してみれば卵の底には穴があった。
穴の中にはプラスチックの筒があり、そこに銀の袋が収まっていた。
そこまできて察しがついた。
……最悪だ!
卵の表面にあったロゴを見た時点で気付くべきだった。これは、
「俺のTEN○Aに手を出すなー!」
こちらの代わりに答えを叫んだのは弟だった。
やはり無傷で戻ってきた彼は、テラスからこちらに向けて迫ってくる。
全力疾走の中で右腕を振り上げる弟に対し、こちらは、
「出すか馬鹿野郎!」
カウンターを叩き込んだ。




