4匹目:
「あいたたたたたあ! 痛い! 痛いですよ! 坂田さん!」
静かだった部屋にゴキ子の叫びが響いていた。
原因は彼女の横、そこに立つ坂田だ。
彼は、上半身をゴキ子の側に折り、両手、握った拳をゴキ子の顳かみに押し付け、回しているのだ。
「自業自得って知ってるか?」
眉を立てた坂田の額には青筋が浮いていた。
彼は怒気を孕んだ口調で続けて、
「正しい答えを返せたらやめてやる。はい、スタート」
「わかりません!」
「正直でよろしい」
坂田は笑顔で回転速度を上げた。
「いだーい!」
ゴキ子の悲鳴を坂田は無視する。
「はい、次」
「ごめんんさ、あだだだだ!」
坂田は、ゴキ子が言い切る前に顳かみに掛ける圧力を上げた。
「謝ろうとしたじゃないですか!」
「謝ればなんとかなると思うなよ。謝るなら先に理由を言ってみろ」
「うぅ……」
ゴキ子は言い淀み、しかし、
「梅干を、全部食べたこと?」
疑問符付きの言葉と同時に回転が速くなった。
「ちゃんと理由を言ったじゃないですかー」
ゴキ子の抗議に、確かに言ったな、と坂田は納得する。しかし、
「正しく答えろと言った」
伝え、両手の回転を緩める。だが止めることはしない。
そして、視線を僅かに傾け見る先には、今や梅とともに漬けられていた紫蘇の葉と少量の梅酢を残すだけの容器がある。
……食べ過ぎについても後で超叱る。
だが、今問題にしているのは、そちらではない。今はその横、ゴキ子が種入れに使っていた土鍋だ。相当数の種が入っているはずのそこには、しかし、片手で数えられる程度しかない。
本来土鍋に収まるべきだった種は今、ゴキ子の悪巫山戯によってこちらの足元、畳の上に転がっている。これが説教の理由だ。
博士との電話中はまだ、大人しく梅干を食べて種を土鍋に吐き出すだけのゴキ子だったが、こちらが電話を終えて薬箱の中身の処理を始めた頃から悪巫山戯を開始した。
最初は土鍋との距離を開けて口から種を飛ばすだけだった。だが、それが思いのほか面白かったのか動かぬ的に飽きたのか、彼女の行為は徐々にエスカレートして、
……まさか俺を狙い始めるとは。
それも、こちらがゴキ子に背を向けたタイミングで後頭部だけを狙ってくるのだ。
彼女の狙いは正確で、飛ばされた種を確実に当ててきた。
苛立ちはしたが、それでも初めの頃は我慢した。こちらも先にイタズラを仕掛けていたから、これくらいの報復は許してやろうと、そう考えたからだ。しかし、それが彼女を調子に乗らせる結果を生んだ。
調子に乗った彼女は、容器内に残っていた全てをこちらに飛ばし、無くなってからは土鍋の中にあった種を投げつけてきた。それも、
……割と本気で投げつけやがった。しかも当たるたびに笑いやがって。隠す気あったのか……?
口で飛ばされた種は、こちらに届くまでに勢いを失うため、当たっても痛みはなく、部屋が散らかるだけで済む。それなら薬のついでに片付けてしまえばよかった。だが、オーバースローで投げつけられた種は、勢いを持ったまま来るもので、
……微妙に痛いから困るんだよな。
その数が二桁を超えると、部屋の状態も悪化し、こちらの感情的にも、
……堪忍袋ってのはあるもんだ。
と、改めて確認できた。
そして今の状態に至ったわけだ。
「……坂田さん」
こちらが回想を終えたのと同時、ゴキ子が名を呼んできた。
目尻を下げ、力ない声で彼女は、
「お部屋を散らかしてすいませんでした」
こちらに対する直接攻撃の謝罪はないのか、と釈然としない思いもあるが、ひとまずは分かってもらえたようなので、
「ようやくわかったか。散らかしたこともだが、食べ物で遊んだことも反省しろ」
いいな? と、続けるとゴキ子は頷き、
「はい!」
元気よく言って、痛みで強張っていた身から力を抜いたので、
「あいだだだ!」
再度、顳かみを締め付けた。
……これは個人的な報復。




