4匹目:
坂田の悩みは尽きることを知らなかった。
ゴキ子が大人しく食事に集中し始めたので、彼は空いた時間を利用して食後に飲ませる薬を探していたのだが、
……飲ませていいのかこれ?
卓袱台の上に置いた薬箱の中を見て、そんなことを考えていた。
周囲に頼りたくない人種しかいない男の一人暮らしだ。万一の備えとして薬箱の中には市販薬が一通り揃っている。
マッパのマークで有名な整腸剤『ゲーロGun』。
ロゴマークの一部にモザイク処理が施されたそれは、下のストッパーが効かないのなら、上から弾丸よろしくぶちかませと、そんなとんでも発想から生まれた薬らしい。
下剤ならぬ上剤などと宣伝文句で売られている。誰が上手いこと言えといったのかと。ちなみに薬は顆粒。
まったく製作者の頭を疑いたくなる薬だが、それ以上に認可した連中に物申したくなる。当然未使用。
頭痛薬の『バカリン』。
これはTVCMが衝撃的だった。画面いっぱいに可愛らしい少女のアニメーションが表示され、その少女が『バッカリーン!』と元気よく叫び、その後に薬のケースと錠剤が映し出され、今度は『バカリンの半分は無駄知識で出来ています』と大人びた女性の声が流れ、製薬会社のロゴが出て終了する。
どうやら頭痛の治療と同時に無駄知識を得られるのが売りらしい。ただ、無駄知識と交換で必要な知識が抜けるあたりやはりどうかしている。
他にも薬箱の中には、とんでもな薬が未開封の状態で放置されていた。本気で国の行く末が心配しそうになるが、気にしても仕方がないので無視を決める。国が破綻したら国外に出ようと、それだけ心の隅に置いて。
しかし、そんな薬でも全ては当然人間向けに作られたものだ。それを元害虫に処方して果たして効くのだろうか。もしかすると逆効果。それ以上に副作用が出たら困る。
いや、処方した時点で取り返しのつかない作用が出るのは明白なのだが。それも本来の使用者である人間であってもそうなるのが目に見えているあたり質が悪い。
一度、ゴキ子の方を確認する。
見れば彼女は梅干を食べようとしていた。
土鍋の横に置かれた容器から指を使って梅干を取り出し、口へ放り込む。そして、
「んーっ」
と、キツく目を閉じ、口を窄めて唸っている。
その状態を数秒続けてから土鍋へと種を吐き出し、次の梅干を口に含む。
飛ばされた種が土鍋の底に当たり、弾かれる音がしているあたり、粥の方は完食したらしかった。
梅干の容器の中身も半分以上が消費されていた。
……どんだけ食う気だ。
食欲減衰で食べられなくなるのは問題だが、食べ過ぎているのも問題だ。
「程々にしとけよ」
「ふぁーい」
梅干を含んだままゴキ子はいい加減な返事をしてきた。
さて、無駄だったとは思うが、一応ゴキ子に釘を刺したところで本題へ。
薬についての問題を解決できる人間に一つだけ心当たりがある。ただその心当たりが頼りたくない人種の筆頭。
……呼べば飛んでくるだろうが。
これは危ない思考だ。あの変態白衣は本気で飛んで来かねない。その場合は窓を割っての侵入、いや急襲だろう。大学の抗議に遅刻しかけて実行した前科があるので、これは確定だ。
口に出さなくてよかったと心底思う。口に出してしまえばフラグ成立で現実になってしまう。出さなければフラグは不成立だ。だから今回はセーフ! セーフ! と、自分に言い聞かせ、
……フラグは立てる前に折る!
頷きを以て、これが鉄則と心に刻む。
これで変態白衣を呼び出す前準備は完了だ。
昨夜の一件を思いだしてしまい連絡をすべきか迷うが、ゴキ子の為と半ば無理やり自分を納得させる。
薬箱の横に置いてあった携帯を手に取り、僅かに緊張した動作で変態白衣の番号を呼び出す。
コール音が三度鳴ったタイミングで相手が出た。
「なんだ、愚民……」
普段の博士からは考えられないは気のない声が続く。
「私は忙しいのだ。要件は手短にな」
「あ、ああ」
自分の声が上擦るのがわかる。それを誤魔化すために、わざとらしい咳払いを挟んでから、
「ゴキ子が風邪をひいてな。薬を――」
こちらが言い切る前に被せ気味で、
「君の家にある市販薬など間違っても与えるな。あれは人に投与するにも問題がある代物だ。ましてゴキ子君に飲ませようものなら、何が起こっても保証できんぞ」
いいか、と博士は念押しし続ける。
「薬は私が用意するから取りに来い。わかったな?」
「わ、わかった。いつ行けばいい?」
博士の勢いに圧されつつ問えば、
「一時間後。私の部屋に来たまえ。他に用はないな。なら切るぞ」
こちらからの返答を待たず、博士は一方的に電話を切ってしまった。
普段と違いすぎる博士に戸惑いを覚えるが、必要な情報は得ているのでよしとする。
それよりも、
……あの薬、捨てよう。




