4匹目:
坂田は困惑していた。
……この団子をどうすべきか。
と、目の前にある状況への対応についてを、だ。
彼の前、ベッドの上には少女の姿。ゴキ子だ。
上半身を起こし、姿勢よく座っているので今は元団子。そんな彼女の太腿の上。タオルケットが掛かったそこに土鍋と小鉢を置いた盆がある。
蓋の開かれた土鍋から湯気が立ち上り、冷房で適温を保つ室内に僅かな熱気を吐き出していく。土鍋の中身は白い粥。付け合せは疎か具も一切なし。米だけの単純なものだ。
そんな粥の前にいるゴキ子は、目を瞑り、口を開いて、
「あーん」
……さて、どうしたものか。
再度の思考。
ゴキ子の行動が意味するところは理解できる。食べさせろ、とそういう催促だ。
では何故、彼女がこんな行動をしているのか。それもわかる。今日はまだ姿を見せていない変態白衣の所為だ。
しかし、ここで問題となるのは彼女の行動の意味でも理由でもない。それは、
……はてさて、どうするか。
三度、最早熟考という域で思うのは対処の方法だ。
一番簡単なのは、このまま流れに任せて食べさせる。だが、これをしてしまうと、ゴキ子が食事をしている間に済ませてしまおうとしていることが出来ない。そして何よりも、ここにはいない変態白衣に負けたきがする。
断じて照れ臭いとかそういった理由ではない。断じてだ。例えこの手に蓮華が握られていたとしても、これは粥を装う為のものであって、食べさせる為のものではない。
だから、その通りにした。
土鍋から粥を取り分け、それをゴキ子の前に出し、
「ほら、食え」
言って、蓮華の柄でゴキ子の額を突く。
彼女の頭は僅かに後ろへ揺れ、しかしそのまま、
「あーん」
「……」
「あーん」
「一応聞いてやるが、なんのつもりだ?」
問いにゴキ子は目を閉じたまま、
「こうしていれば坂田さんが食べさせてくれると博士が」
変態白衣への説教マイレージ加算を心の中で確定してから、
「自分で食え」
ええー、とゴキ子は口を尖らせながら言うが、両手で小鉢と蓮華を乱暴に受け取り、
「わかりましたよー、だ」
連なる動きで、まだ湯気を出す粥を口へ、
「――!?」
必要以上の熱を持つ粥を食べたゴキ子の顔が強張り、肩から全身に力がこもるのが見て取れた。口の中にある熱さを誤魔化かそうとするが、両手には小鉢と蓮華、両脚には粥の乗った盆がある所為で身体を動かすことができず、結果、必死に口を閉じたまま身を震わせ、
「――!」
なんとか飲み込み、一度長い息を吐き出してから、涙目でこちらを睨みつけてきた。
「熱いから気をつけろよ、と言おうと思ったんだが」
「遅いですよ!」
それと、とゴキ子は続けて、
「味がしません!」
具もなにも入っていない粥なのだから当然といえば当然だが、ゴキ子には熱さ以上にそれが不服だったらしい。彼女は蓮華を持った方の手でベッドを何度も叩き、
「手抜きですか!? 手抜きですね! 手抜きです、よ?」
決めつけたいのか尋ねたいのかよくわからないことを言って、首を傾げているが、数秒してからこちらを蓮華で指し、
「と、兎に角、味付けを要求します!」
ゴキ子の要求に対し、粥とはそういうものだと説明してもいいのだが、それよりも彼女の要求を満たす方が手っ取り早いと思ったので、
「ちょっと待て」
言って、早足でキッチンへ。そこにある小型冷蔵庫からプラスチックの容器をひとつ取り出す。赤い色の球形に満たされたそれを持ってゴキ子のもとへ戻り、
「ほら味付けだ」
容器の蓋を開くと酸い匂いが部屋を満たし、それに反応してゴキ子が喉を鳴らした。
それを視界の片隅に捉えつつ、容器の中から歪んだ球形の一つを指で摘み上げる。表面に深い皺をいくつか持つそれは、指の形に合わせて変形し、薄いピンク色の液体を容器の中に落とす。
それをゴキ子の持つ小鉢の真ん中に置き、食ってみろと顎で示す。
ゴキ子はこちらの表情を窺ってから、ほんのりピンク色に染まった粥と中心にあった赤色を掬い上げ、
「――!?」
咀嚼したゴキ子の口から硬い音がして、痛みにゴキ子が悶える。
しかし、すぐに痛みが引いたのか彼女はすぐに復帰。再び口の中のものを味わい、
「――!!」
ベッドを叩くゴキ子の姿に、なんか見たことある光景だな、などと思いつつ、
「あ、梅干、種があるから気をつけろよ。それと酸っぱいから少しずつ食えよ、と言おうと思ったんだが」
遅かったか? と問うてみれば、
「今度はダブルで遅いですよ!」




