4匹目:
青年坂田は悩んでいた。
背後に団子になって拗ねるゴキ子を置く彼は、
「動くなよ」
背後の団子が震える気配を感じ、ため息を一つ。視界の隅で見て見ればベッドの上、下寄りの位置に団子がある。
団子は、こちらに向けて顔出し、眉間に皺を寄せて唸っているのだが、こちらが視線を外すと、すぐ這うようにして動き出す。この一連の流れを先ほどから繰り返しているのだ。
看病する身としては何とかして大人しくさせたいのだが、何度言っても聞こうとしない。そんなアクティブな病人に厄介さを感じつつ、
「うごーくーな!」
もう何度目かになるセリフでゴキ子の動きを制限しつつ、その額に冷却シートを貼り付ける。
いきなり額に冷えを得たゴキ子は驚き、
「な、なんですか? え? え? 冷たい! 冷たいですよ!」
辺りを見回すが、その原因が自らに貼り付いている以上、見つけられるはずもなく、結果、
「私の身体に何をしたんですか!? ち、痴漢は犯罪ですよ!」
「しとらんわ!」
頭に拳骨を一発。
ゴキ子が涙目で殴打された部分を抑えているが無視する。
まったくどこで変な単語ばかり覚えてくるのか。いや仕入先は一つしかないので、あえて問う必要はないのだが。
……うん、仕入先には超説教しよう。そうしよう。
ただ、このまま在らぬ誤解を受けたままにしておくと、今後必ず面倒事に発展する。それを避けるために、
「額、触ってみろ」
と、自分の額を指しつつ言うと、それに習うようにゴキ子も自身の額を撫で、
「おお! 何か付いてますよ! これが痴漢ですか?」
なるほど。痴漢という言葉だけで意味は教わらなかったらしい。恐らく、俺に何かされたらそう言えと、そんな曖昧な指示を受けていたのだろう。これは好都合だ。
間違いを間違いで正すのは本意ではないが、風邪が治ってからでも正しい意味を教えればいいと、この場は、そういう事にして自己完結。
「剥がすなよ。風邪を治すのに必要なものだからな」
嘘は言ってない。
そう、ゴキ子の額にある冷却シートは商品名『痴漢』。と、勝手な倫理武装で自分を無理やり納得させる。
ゴキ子もゴキ子で、それを信じきって嬉しそうに額のシートを弄っているので問題なしだ。
……自分の首を絞めてる気もするな。
そんな風にも思うが、考え始めると深みにハマるのが見えているので、この思考はここで破棄。
「ほら、わかったら大人しく寝てろ」
「嫌です」
即否定とはこの害虫、まったくいい度胸である。こうなれば、
「実力行使で」
いつの間にかベッドを降りて床を這っていた団子を持ち上げる。
すると、団子の中から、グーという音がして、
「坂田さん、お腹が空きました」
……無駄にアクティブな理由はそれか。
普通の人間なら食欲が減衰するところだが、この害虫には関係ないらしい。
それどころか食欲が肉体を超越してさえいる。
現に今も、こちらに抱えられながら廊下と居間を隔てるドアを見つめ、ジタバタと暴れている。
閉じられたドアの先には廊下と一体になったキッチンスペースがあり、そこには朝食用に作った粥があるのだが、
「いい匂いがします」
「お前は犬か……」
「失礼な。元ゴキブリです」
即答だった。
そして続けて、
「ゴキ子はお腹が空くと死んでしまいますのん」
……ゴキブリの燃費の良さはどこいった。
ゴキ子の言葉に、そんなことを思いもするが、同時に食料さえ供給すれば大人しくなるのだとも考え、
「食ったら大人しく寝てろよ」
「はい!」
満面の笑みで返事をするゴキ子に、実は元気なのではないか、とそんな疑問が生まれたので、
「ひぁっ――!」
ゴキ子の首筋に手を当てて体温を確認。
……なるほど。首が弱いのか。
と、ゴキ子のリアクションに対してズレたことも考えつつ、首から伝わる確かな熱を確認。やはり体温は高い。
ゴキ子は何が起こったのか理解が追いついていないようで、擽ったそうに身を捩っている。
「さ、坂田さん、手、手を……」
「ん、ああ、すまん」
一応、謝っておいて、ゴキ子をベッドの上に戻し、
「飯、用意してくるから動くなよ」
それだけ言ってからキッチンへと移動することにした。




