4匹目:あ、魔法先生じゃない方のです……。違います。サムゲタンでもないです。
「……風邪だな」
早朝の部屋。
そこに不機嫌を感じさせる声があった。
声の主は立ち姿で顔の前に体温計を掲げた青年。坂田だ。彼の見る体温計のディスプレイには38.5℃の表示があった。
そして、彼の声が向かう先には、ベッドに伏せている少女がいる。
頬僅かに赤くした少女。ゴキ子は、それを隠すようにタオルケットで顔の半分を覆い、昨日までの元気な声とは違う、掠れ気味の鼻にかかった声で、
「すいませーん」
と、坂田に謝罪の言葉を送る。
それを受けた坂田は無表情で、ああ、と言ってから、
「朝っぱらから寝ぼけて、床で寝てた俺を蹴りつけ、踏みつけ、しかも転んで腹に肘打ちかました事なら気にしなくていいぞ。」
「お、怒ってます?」
伺うようなゴキ子に対し、
「怒ってない」
坂田は即答した。
ただ、それがあまりに感情の乗っていない声だったため、ゴキ子は目尻に涙を浮かべ、
「やっぱり怒ってま――!」
しかし言葉は長く続かなかった。代わりというようにゴキ子が激しく咳き込む。
その姿を見る坂田は額を抑え、
……なんか悪役みたいだな、俺。
などと、誰がどう見てもその通りだと断言できることを思い、それを誤魔化すために、
「本当に怒ってないから無理して喋るな」
「ほ、本当ですか?」
「本当だ。だから今日は一日おとなしくしてろ」
宥めるように言って、坂田はゴキ子の頭を撫でる。
撫でられたゴキ子は目を閉じて、されるがままにしていたが、ふと思い出したように、
「あ、でも、お勉強しないと」
「ダメだ。寝てろ」
ゴキ子の言葉を坂田は当然のように否定。
しかし、ゴキ子は引き下がらず、
「ダメです。一日休むと取り返すのに三日も必要になります」
……え? なにその熱血スポ根理論は?
と、坂田はそんな疑問が頭を過ぎったが、ゴキ子がそれに気づくはずもなく、
「それに、早く人についてお勉強して、博士や坂田さんに御迷惑をかけないように……」
苦しそうに言うゴキ子の言葉に対し坂田は、
……博士の方が俺より優先度高いのか?
と、何となく釈然としない。しかし、そこは裸の付き合いを経た女性同士だから、と無理やり自分を納得させる。
そして、表情を歪めながら身を起こそうとしていたゴキ子の額に手を当て、
「はい、どーん」
軽い力で押し戻した。
続く動きで、ベッドサイドに設置された棚から、LEDライトとステンレス製の舌圧子を取り出す。そして、
「いきなり何を、――」
抗議のために開いたゴキ子の口に舌圧子を突っ込んだ。
突然のことにゴキ子の身が一瞬震え、
「はひほふふんへふはー」
改めて発された抗議の声は、舌を圧えられているため言葉としての形を失っている。
ただ、言葉になっていたとしても無視する予定だった坂田としては、
「殺菌消毒は完璧だから安心しろ」
と、ゴキ子の意思とは無関係なところに話を持って行きつつ、口内を左手に持ったLEDで照らし、
「はい、そのまま、あーって言って」
「あー」
坂田の言葉にゴキ子は従ったが、その表情は明らかに不服を訴えていた。
それを坂田は当然のように無視。
LEDの御陰で見やすくなった口内に集中する。そうしてみれば、ゴキ子の喉奥、口蓋垂の両脇にある扁桃腺が赤く腫れ上がっているのがわかる。
……痛みで話すのも辛いだろうに。
そもそも熱の所為で身体を動かすのもやっとだろう。そんな状態でも勉強するというゴキ子に呆れつつ、
「今日一日は絶対安静。というか治るまでそこを動くな」
言って、LEDを消灯、口に入れていた舌圧子を引き抜く。
すると口内の自由を取り戻したゴキ子が、
「で、でも、」
「却下」
「まだ何も言ってませんよ!」
少し大きい程度の声だったが、それだけでゴキ子は咳き込む。
「無理して喋ろうとするからだ」
「だって、坂田さんが」
反論しようとするゴキ子の声に被せ、
「あー、はいはい。勉強は治ってから教えてやるから。兎に角、今は身体を治すことだけ考えてろ」
いいな、と念押しの言葉を追加する。
それに対してゴキ子は、渋々というように、
「わかりました。約束ですからね!」
そう言ってタオルケットを被って丸まってしまった。




