3匹目:
「あれから十年。君はあの時の答えを見つけられたかな?」
過去からの帰還は始まりと同じく博士の声によって齎された。
こちらの身体を壁に押付け、さらに顔を寄せている彼女は、互の息が掛かる程の至近で、こちらの返答を待っている。
自分に与えられた問い掛けは、まるで彼女がこちらの思考を読んでいたようにピンポイントなもの。
それに対し、嘗ての自分は答えることができなかった。では今ならどうか。
あれから十年、自分は未だ明確な解答を得ていない。だが、何も考えず生きていたわけだはない。
だから言う。まだ不鮮明で、幼く、拙い思いを、
「俺は、博士ほど割り切れない……」
そうか、と博士は満足気に頷き、笑んで、
「――!?」
唇を奪われた。
博士から距離を取ろうにも背後には壁、引き離そうとしても首に回された腕の所為でそれができない。結果、何の抵抗もできず受け入れる形となってしまう。
触れるとも重ねるとも違う。押付けるようにされたその状態が続き、そして博士は、こちらの唇を舐めるようにしてから離れ、肺に溜めていた息を吐きだして、
「安心したよ。あの頃のまま――」
一拍。
「あの頃のまま、変わらず、優しい君で」
言って、身を離し、
「これからもそのままでいてくれ。そのまま愚かに優しい道を……」
博士はそれ以上言葉を続けず、こちらに背を向け、自室へ戻ろうと脚を動かす。
しかし、
「待たんか」
ドアの前まで行った彼女の頭へ手刀を落として、その動きを止め、
「さっきのは何だ?」
こちらの質問に博士は、首を傾げ、頬に指を当てて、さらに舌まで出した上で、
「スキンシップに決まっているではないか」
笑いながら言う博士に対し、殺る気が沸々と湧いてくるのを感じながら、
「スキンシップでキスって、ここは欧米か!」
「馬鹿め。欧米のはスキンシップでなく挨拶だ。それも頬と頬を合わせるだけのな。私たちは口と口だぞ」
うむ、と首を一度縦に振ってから拳を握り、
「勝ったな」
「勝ってねえよ!」
そもそも勝ち負けの問題ではないとか、ツッコミの打撃を入れたいとか、そんな諸々を押さえ込んでの言葉を無視して、
「ははは、まあそう焦るな。初めてというわけでもあるまいし」
「……」
「うん、その、あれだ。男が細かいことを気にするな。女々しく見えるぞ」
変に同情されなかっただけマシと考えるべきか。兎にも角にも返す言葉に悩むこちらを余処に博士は、
「ほら、あれだ、初めての相手がこんな美女相手なんだから誇っていいぞ。うむ、胸を張って自慢するといい」
……同情きやがったー!! あとそれは自分で言ったらダメなやつー!
こちらに対して同情を終えた博士は、開いた手を顔の高さまで持ち上げ、
「では、そういうことで」
と言って、ドアを開ける。
しかし、博士はそのまま部屋に入ることをせず、こちらと彼女の間を遮るように開いたドアの端から顔を出し、
「そういえば一つ伝え忘れたことがあった」
一度息を吸い、
「ゴキ子くんの寿命の話だが、あれは嘘だ。安心したまえ」
「は?」
力の抜けた疑問の声に博士は、唸ってから、
「いや、可能性としてない訳ではないのだが、限りなく0に近い確率だからな。まず起こりえないと、そう思っていい。彼女はこれから人と同じだけ生きるさ。
そもそも、この私が未完成の薬品を使うわけがないだろう。
君も君だ。よくあんな支離滅裂な説明を信じたな」
最後だけ呆れた声で言った博士は、再度こちらに手を振り、ではな、と言って部屋の中へと消えていった。
残されたこちらは、緊張の糸が切れ、全身から力が抜け、地べたに座り込んだ状態で、
「はは、なんだそれ……」
何も考えることが出来ず、だから、
「寝よ……」
取り敢えず次に会ったら説教くれてやる、とそれだけを心に誓い、自分も部屋へと戻るのだった。




