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ゴキ娘!!  作者: 猫派犬派
30/58

2匹目:




 山田姉が言った通り、折檻ショーは終わった。

 今は、休憩所を取り囲むようにできていた人の群れも消え、残っているのは坂田たち三人と折檻に参加していた山田姉弟、そして着ぐるみの、合計五人と二体だ。

 坂田と博士は、人垣の最前列だった位置で立ち尽くしたまま動かず、その横にいるゴキ子は山田姉を見ながら目を輝かせている。

 山田姉弟。弟の方は、四つん這いのままで、背中に生ハムとメロンが置かれた状態だ。生ハムとメロンに、極太の油性ペンで書かれた『記念品』『贈呈』の文字が目立つ。

 そんな弟を放置している姉の方は、着ぐるみたちと楽しそうに一言、二言交し、スタッフルームに戻るのだろう彼らを見送ったあと、坂田たちの方に来て、


「お待たせいたしました。そちらの可愛らしいお嬢さんを紹介していただけますか?」


 汗一つかいていない笑顔が、ゴキ子へ発言を促す視線を送る。

 それを受けたゴキ子は、一度、坂田と博士を見た。

 その動きから、このあとに起こるだろう会話を予想した坂田が、


「ちょっとまっ――」


 ゴキ子が何かを言う前にとめようとした。

 だが、彼の言葉を博士が遮る。


「愚民のことは気にせず。さあ、自己紹介したまえ、ゴキ子くん」

「お、おい、博士」


 焦りを帯びた坂田の声音に対し、博士は冷静に、彼にしか聞き取れないよう、声を潜めて、


「君の言いたいことはわかる。だが、問題はない」


 見ていたまえ、と続けたその言葉で、坂田の視線をゴキ子へ誘導。

 ゴキ子は、山田姉の方を向き、一礼。

 折った身を持ち上げてから、


「初めまして、坂田ゴキ子と申します」


 一拍。

 ゆっくりと、どこか芝居がかった大きな動作で、開いた左手を使い、坂田を差し、


「そこにいる坂田の従姉妹です。この秋より近くの高校に編入することになり、今は諸々の準備のため、坂田さんの家に居候中です。よろしくお願いします」

「あら、ご丁寧に。こちらこそよろしくお願いします」


 山田姉も先ほどのゴキ子と同じように一礼。

 そして、


「私は、坂田くんの大学の先輩で、教授の教え子の山田です」


 もう聞いているかしら? と投げられた質問に、ゴキ子は頷くことで返答。

 それを見た山田姉は笑みを深くし、


「あっちで地に伏してるのが弟ね」


 顔の動きで、示した先、四つん這いから土下座へと体制を変えた山田弟が、左の握り拳を頭の横まで持ち上げ、親指を立て、すぐに落ちた。恐らく、よろしくの意味だろう。

 その姿を見たゴキ子は苦笑で、


「あれは大丈夫なのでしょうか?」

「ええ、問題ないわ」


 ゴキ子の疑問に即答した後。山田姉は、坂田を見て、


「あの坂田くん……」


 呼び、困ったように眉尻を下げた表情で、


「言いにくいんだけど」


 何事かと坂田は思い、はい、と返事をして続く言葉を求める。

 すると山田姉は、胸の前に両手を持っていき、人差し指を合わせてから数回動かし、やはり困った笑顔で、


「坂田くんの御親戚の方は、その、あの、ね? 気を悪くしたらごめんなさい」


 先に謝罪を述べてから、一呼吸おいて、


「最近流行りの……、ど、」


 ど? と疑問符付きの坂田の声が響き、それに続くように山田姉が、


「DON?」


 首を傾げた山田姉から告げられた言葉に、坂田と博士が転け、ゴキ子は疑問の表情。山田姉の背後、弟は全身から力を抜き、通路へと四肢を投げ出し、通行人が顔を伏せて歩く速度を上げた。

 皆のリアクションを見て、山田姉は、


「あれ? 間違ってたかしら?」

「姉さん、それじゃあ、山賊の親分みたいだ。線が一本足りないんだよ」


 姉のボケに、立ち上がり彼女の横に並んだ山田弟がフォローを入れる。

 弟のフォローに、納得したように手を打った姉が、


「ああ、DOWね」


 体制を立て直そうとしていた坂田と博士が再度転け、ゴキ子が疑問の色を深化。山田弟が首を左右に振り、周囲の客が駆け足になった。

 そして周囲を見回した山田姉が、腕を組み、数秒唸ったところで、山田弟が助け舟を出す。


「姉さん、株じゃないんだから。あ、もしかいて化学メーカーかな? 漂白剤? 臭化カリウム? あ、違うのね。うん、もう首ふらなくていいよ。それで、ヒント出すけど、線の位置が違うんだよ、姉さん」


 聞いて、山田姉が上を向き、また唸り、閃いた。

 今回は自信があるのか、力の入った声で、


「DOMね!」


 周囲の客が疾走した。


「弟くーん」


 山田弟は、半泣きで腕に縋り付いてきた姉の頭を撫でながら、


「姉さん、予想通りのボケに、用意しておいたツッコミ入れるけど、それはモビルス○ツだからね。正解はDQN、DQNだよ」

「それよ! それが言いたかったの、お姉ちゃん!」

「立ち直り早くて素晴らしいけど、DQNは言いすぎだよ。キラキラネームって言わないと」


「嫌よ!

 子供の気持ちや将来のことも考えないで、その場のテンションかペット気分なのか知らないけど、読めない、書けない、当て字、裁判沙汰、それに外国人に付けるようなもの、果ては人前で口にするのを憚られるような、そんな名前を付ける馬鹿どもを正当化するような言い方、お姉ちゃんは認めません!」


「姉さん、姉さん、そういう人たちは、往々にして日本語が不自由で、キレやすい若者が多いから、穏便に、ね?」


 腰に手を当て、胸を張って断言した姉を宥める弟の構図。

 それを眺めていた坂田たちは、


「私たちは帰ってもいいのだろうか、愚民?」

「挨拶しとかないと、後が怖いぞ」

「山田さん、面白いですね」


 前二人がため息、残りは笑顔。


「とりあえず、私が話をしてこよう」

「おー、俺には無理だ。博士、任せた」


 山田姉弟の元へ向かった博士を見送り、坂田はもう一度ため息。

 ふと、ガラス張りの天井を見上げてみれば、そこには朱と夜の色の混じった空。

 夏の長い日が、沈みつつあった。




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