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ゴキ娘!!  作者: 猫派犬派
29/58

2匹目:



 昼過ぎの商店街に響く快音が二桁を超えたとき、それは起こった。

 音の追加。

 何処からともなく現れた牛と豚の着ぐるみ『ビーフン』と『ブータン』が、それぞれ生ハムの原木とメロンの形をした鈍器で、山田弟を殴打し始めたのだ。

 殴打は掛け声付きに行われるもので、力強い男の声が『生ハム』『メロン』と交互に繰り返している。

 着ぐるみの乱入により、それまで葱を振るっていた山田姉は一歩引き、尻をシバかれている弟を笑顔で眺めていたのだが、生ハムとメロンの掛け声が五回を数えたタイミングで、着ぐるみたちとアイコンタクトを交わし、折檻を再開した。

 そして、今、葱で殴られる度に山田弟が発する『スパンキンッ』の声も加わって、『生ハム』『メロン』『スパンキンッ』という奇妙なリズムが産まれ、商店街の客の注目を集めている。

 そんな客たちで出来た人垣の最前列に、三人はいた。

 三人の中心、左に博士、右にゴキ子を置き、顔を引きつらせた坂田は、


「おい、博士、なんとかしろよ」


 坂田の要請に対し、横の博士も、やはり引き気味の口調で、


「いや、愚民。家庭のことに口を出しては悪い。ここは見守ろう」

「まてまて、あれ! もう家族の問題じゃないだろ! 一種のショーみたいになってんだぞ! 学生、見世物にしていいのかよ?」

「私は学生の自主性を尊重したい。ほら見たまえ。山田弟など、あれで中々、楽しんでいるように見えるぞ」

「見えねえよ! どこの世に、四つん這いで! 涙流して! 叩かれるたびに叫ぶ人間見て、楽しそうなんて感想が出るんだよ!」

「マ、マゾ界?」

「疑問系で嫌な新世界創造してんじゃねー!」


 ツッコミついでに、博士を蹴りで一歩前へ押し出す。

 結果、ギャラリーから注目を浴びた博士は、一度咳払い。


「あー」


 何かを言おうとして、しかし、生ハムを振り上げたブータンと目が合い、


「気にせず続けてくれ。うん、心行くまでやるといい」


 と、それだけ言って坂田の横へ戻り、


「ぐ、愚民。あれはダメだ。あの着ぐるみ、邪魔者は、あそこの山田弟同様、滅多打ちにする気だぞ」


 博士の鬼気迫る表情に気圧された坂田は、


「お、おう、悪かった」

「うむ、それでだな、愚民。一つ名案があるのだが……」


 先の一瞬で、博士は、着ぐるみに対して必要以上の警戒心を抱いたのであろう。

 坂田たちと着ぐるみの距離は充分に離れていたが、博士は自分の言葉を彼らに聞き取られないよう、坂田の耳元に口を寄せ、さらに小声で、


「何も見なかったことにして、逃げるというのはどうだろうか?」

「それだ」


 坂田は即答した。

 そして、彼の右、そこに立っているゴキ子に、


「ゴキ子、逃げ――」


 るぞ、と続けようとして、言葉が止まった。

 なぜなら、右、状況についてこれず、疑問の表情で首を傾げていると思われたゴキ子が、


「きゃー! もう一発! もう一発!」


 半ば開いた左手を口元に当て、右腕を天井に向けて突き出し、飛び跳ねて、着ぐるみたちを煽っていた。

 これには、坂田と、それに続いてゴキ子の姿を確認した博士も唖然。

 内心で、

 ……害虫少女がバイオレンスー!?

 などと叫び、数秒停止。

 そして、一足先になんとか我に返った坂田が、声を潜め、


「お、おい、どうするんだ」


 坂田の問いによって博士も元に戻り、


「どうするもこうするも、首の根掴んででも連れて行くぞ」

「お、おう」


 博士の気迫に押されつつ、言われた通りにしようとした坂田の動きが止まる。

 理由は彼の両手、そこには、先ほど博士から押し付けられた荷物が握られていた。


「博士、頼む。」

「む、役に立たない愚民め。仕方あるまい」


 ……お前の所為だ!

 坂田は、そう心の中でツッコミを入れ半歩前へ。

 それと同時に博士が半歩後ろ。

 そして坂田の背後を博士の右手が通り、ゴキ子の襟首をホールド。

 それを確認した博士が、


「よし、行くぞ」


 言って、移動を開始しようとしたが、


「いきなり何をするんですか、博士!? 今! 今、いいところですよ!」


 突然、身を後ろへ引かれたゴキ子は、驚きと抗議の声を同時に博士へと送る。

 しかし、博士はそれに答えず。

 代わりというように坂田が、


「残念だが、今日はここまでだ。帰るぞ」


 ……次回はないがな

 と、内心で付け足し、博士に続く。

 だが、ゴキ子はそれを良しとせず、体重を前方に傾け、


「ダメですー。あと少しで終わりますからー!」

「はいはい、文句は帰ってから聞いてやるからなー」


 言いながら、ゴキ子の身を坂田が肩で押していく。

 そうして、博士が人ごみを割って進もうとしたとき、


「あらあら、教授、それに坂田くんも、帰られてしまっては困ります」


 笑顔の声が三人の動きを止めた。

 声の主は、人垣の中心。そこで四つん這いになった弟の尻を葱で連打する山田姉だ。

 彼女は、右手を左右に振り、その動きに合わせて撓ったネギが、弟に往復で叩きつけられている。

 これまで彼女の両隣にいた着ぐるみは今、それぞれ四つん這いの背と頭の前に移動し、両腕を使い、鈍器による連打を叩き込んでいる。

 そんな異様な風景の中心にいる彼女は続けて、


「まだ、そちらの可愛らしいお嬢さんの名前も聞いていませんのに」


 弓を描いた視線を引き摺られていたゴキ子へ。

 向けられたゴキ子は自分を指差しながら首を傾げている。

 そんな少女に、もう一度笑顔を送った山田姉は、このような状況でなければ、同性でも見惚れてしまいそうなほどの完璧な笑顔を見せ、


「ですから、ええ、もう少しで終わりますので、それまでお待ちください」


 その笑顔を見た、坂田と博士は、


「さー、いえっさー」


 蛇に睨まれた蛙の気分だった。




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