2匹目:
暇を持て余しながらベンチに座り続けること更に十数分。
意味不明な会話を繰り広げながら、こちらに歩いてくる男女の姿があった。
「姉さん、姉さん、あそこに目の前のショップに突入しようとして、直前で踏み止まり、休憩所のベンチで休憩するふりしながら、やっぱり突入しようと機会を伺う変態がいるよ。
余談なんだけどあのベンチ、マンガ肉の形をしていて、通称肉ベンチって、かなりアレな呼ばれ方してるんだ。何も知らない子供は喜んで座るんだけど、汚い大人は複雑な顔して座るよね。
しかも、ただでさえ座りづらい場所にあるのに、向こう、ナイスTEN○Aな店の前のベンチなんて、大人が座ろうものなら大変だね。肉ベンチって似てるもんね。いや、何にとは言わないけど語感がね。相乗効果! これが相乗効果だよ、姉さん!」
「弟くん、アグレッシブに早口で凄く素敵なんだけど、言ってる意味がよくわからないから、お姉ちゃん、感想だけ簡潔に言うね」
一拍。
「死ねばいいと思うの」
弟くんと呼ばれた男は、短く刈り上げた金髪に切れ長の目が特徴的な青年。
その横を歩く姉は、弟の派手な見た目とは対照的な落ち着いた雰囲気の女性だ。彼女は、今、長い黒髪に柔和な笑みを浮かべたまま、弟を吹き抜けから突き落とそうとしている。
それを座ったままの体制で眺める坂田は、その姉弟を知っていた。だから、
……やばい、また面倒事が来た。
そう思い、隠れようと立ち上がり、
「おいこら! 坂田! 友人のピンチを助けろ!」
弟の方に阻止された。
大声で名前を呼ばれたことで、周囲を歩いていた客の視線が集まる。これで隠れるのは不可能になった。しかし、逃げる方法はある。
「人違いだ。そのまま落ちて死ね、クソ野郎!」
あとは相手が反応する前に立ち去ればいい。
……博士たちとの合流手段は、うん、あとで考えよう。
「さよなら、見知らぬ人。地獄に落ちてくれることを願ってる」
そう言って、その場を離れようと歩き出す。
だが、今度は姉の方がそれを阻止した。彼女は笑みを崩さず、弟を落とそうとする手も止めず、
「あら、そこにいるのは、今、二階から落ちそうな弟くんの大学の同級生で、私の後輩の坂田くんじゃない。
夏休みに入ってから、なかなか会う機会がなくて弟くんが寂しがっていたの、できればお話してあげて。多分これが最後になるから」
姉の言葉に、こちらより先に弟が、
「あれ? 姉さん? 本気で落とす気じゃないよね? 冗談だよね? 逃げようとした坂田を止めるための、咄嗟の演技だよね、ね?」
「……」
無言の返答。
「なんとか言おうよ姉さん! ダメだから! 危険だから! 流石に怪我するからね! 坂田! お前も止めろ! この姉、本気でやる気だ。いいのか? いいのか唯一の友人を目の前で失うことになるぞ」
姉への説得が無駄だと判断したのだろう弟は、こちらに助けを求めてきた。
当然、助ける気はない。しかし、言ってやりたいことは出来た。
「俺の友達はお前だけじゃない」
言葉と同時、姉に目配せ。
そして、その意味を汲み取った姉が、
「えいっ」
可愛らしい掛け声とともに弟の体を投げ捨てた。
「坂田、お前、覚えてろおおおおおおおおおおおお!」
断末魔とともに弟の方が吹き抜けから宙を舞う。
……弟の方、お前のこと忘れないと誓うよ。
この誓いは数秒後、失効された。




