2匹目:
「お前ら先に帰ってろ」
食事を終え、店から出たところで、後ろを歩いていた博士たちに声をかける。
対し、博士は小指を立てた右手を、こちらの目の前に突き出して、
「何だ藪から棒に、さてはコレか! 爆発しろ!」
などと、古いのか新しいのか分かり辛いことを言ってきた。いや、新しくはないか……。
……と、とにかく、
「違うわ!」
否定の言葉を博士に送り、博士の横に立つゴキ子を見る。
こちらの視線に気がついたゴキ子は、一度首を傾げ、
「どうかされましたか?」
「ゴキ子、博士について先に帰れ」
ほれ、と掛け声を一つ。ゴキ子へ向けて鍵を投げる。
ゆっくりと宙を舞った鍵を、ゴキ子が椀の形にした両手で受け止める。
そして、掌の中にある鍵を、右の指でつまみ、目の位置まで持ち上げ、数回揺らしてから、
「これはなんですか?」
「鍵だ」
ゴキ子の問いに、改めて彼女が人の世のことを知らないのだと思い、続ける。
「それがあれば家に入れる」
「どこからでもですか?」
「玄関からな。大切なものだから失くすなよ。使い方が分からなければ博士に聞け。あ、でも博士には絶対に渡すな。」
最後の部分、特に力を入れて伝える。スペアを作ってないから紛失するわけにはいかず、博士の手に渡ってしまえば二度と返ってこない気がするからだ。
使い方の説明を丸投げしておいて、渡すなと言っているあたり、少し無茶かとも思うが、ゴキ子が、こちらの言葉に疑問を抱いた様子もなく、返答をしてくるので気にしないことにする。
「わかりました」
「じゃ、一時間くらいでもどるから」
言って、目的の場所へ向かうため二人に背を向け、歩きだそうとして、
「待ちたまえ愚民」
博士に首を掴まれて止められた。
「なんだ?」
顔だけを博士へと向けて問う。
「せめてどこに行くのか説明してもらいたいのだが」
説明する前に決め付けてきた人間に言われたくなかった。
ただ、言っていることは正論なので、
「無くなった食材の買い出しだ」
答える。
そして再度、歩こうとして、
「そう急ぐな愚民」
博士の手が、こちらの首をホールドして動けなかった。
停止したこちらを確認した博士が言う。
「私たちも行こう」
「断固拒否する」
聞こえた言葉を即否定。
……これ以上面倒を起こされてたまるか。
だが、博士はそこで引き下がってはくれない。
博士は、首に置かれていた右手をこちらの右肩へと滑らせ、空いた左手で肩とは逆の腕を掴み、
「ふっ」
発された音とともに、こちらの右肩は前へ押され、同時に左腕が右後ろに引かれる。
急に力を加えられた身体は、それに対応できず、バランスを崩しながら回り、しかし倒れないように体制を整える。
そして、
「なにしやがる」
背後にいた博士と向かい合う形になった。
こちらの言葉に博士は一度頷き、
「やはり人間、顔を見て話をせねばならんな。背中と会話するのは性に合わん」
そんなことを言ってきた。
「それで、気分は晴れたか?」
「そうだな。ようやく真面な会話ができる」
よもや博士の口から『真面』などという言葉を聞くとは、と少し驚き、口にしそうになるが、面倒事に繋がるので、必死に飲み込む。代わりに、
「買い出しに着いてくる真面な理由を言ってみろ」
「ゴキ子くんの服を買う」
「家に帰ってからはなそうな」
博士の方に手を置いて言い、すぐに買い出し行こうとして、
「待て待て! 今のは真面目だったぞ! ま! じ! め!」
しかし、必死な声で博士が止めてくるので、
「どうせ、裸Yシャツがどうと言い出すんだろ?」
「いや、言わん。今回は言わないから」
こちらが呆れ声で行った返答を否定した博士は、いいか、と言ってから、
「ゴキ子くんの衣服は下着を含めて、今着ている物しかないのだ。
昨日は私のジャージを貸すことで事なきを得たが、これから生活をするうえで、こんなことをいつまでも続けられん。今後は今日のように外出の機会も増えるだろう。まさか女の子に毎日、同じ服を身に着けさせるつもりか?」
「え、あ……」
博士の熱弁にたじろぐこちらを無視して、彼女は続ける。
「百歩譲って、服は我慢できたとしよう。私が昔着ていた服をあげてもいい。だが、下着はどうする?
言っておくが、ゴキ子くんは昨日から、履いてないわ、着けてないわで、胸は揺れ、てはいないか。しかし、スカートの裾からは尻が見えかけてて、かなり大変なのだぞ! 主に私の欲望を抑えるのがな!」




