2匹目:初めてのお出かけ
「で、結局のところ博士は何に怒ってるんだ?」
紆余曲折を経て、ようやく本題に入ることとしよう。と言うよりも、これ以上コントみたいなことをされては堪らない。
「決まっている! あれだ!」
俺の正面。
言い、立ち上がった博士は、右手で卓袱台を強く叩き、左手で横に座るゴキ子を指差した。
その指の先、ゴキ子は笑顔だった。正座している彼女は、目と口を弓にしてこちら、正確には博士を見つめている。
ゴキ子の表情は一見すると確かに笑顔なのだが、座布団にされたことに相当腹を立てたらしく、目が笑っていない。
そのことに博士も気がついているのだろう。ゴキ子について語ろうとしている博士は、しかしゴキ子と目を合わせようとしていない。恐らく、このまま勢いだけで話を進め、有耶無耶にしてしまおうとでも考えているのだろう。
だが博士の思い通りに事が進むほど世の中は優しくないわけで、
「博士、また私に何かしようというのなら、ええ、内容如何によっては噛みますよ」
ゴキ子の一言で博士の思惑は完全に砕かれたのである。
「……安心したまえゴキ子君。この私が、君に害の及ぶことを言うわけがない。まして君に危害を加えるなどあるはずがない」
数分前の博士に聞かせてやれと教えてやりたいが、ここで口を挟むと、また面倒な展開になりそうなのでスルー。しかし、このまま傍観者に徹したところで話が進まないのも事実。だから軌道修正のために最低限の助け舟を出す。
「二人とも一旦落ち着け。まずゴキ子、噛むのは博士の話を聞いて、内容がくだらなかったらだ、いいな?」
「わかりました」
渋々といった様子だがなんとかゴキ子からの了承を得た。
……まあ、結局噛み付くことになる気もするが。
「よし、とりあえず博士は何を言うつもりだったか話してみろ」
「う、うむ、納得いかない部分もあるが、とりあえず助かったぞ愚民」
「いいから話せ」
これ以上ややこしくなりそうなら問答無用でゴキ子を嗾けてやる。その後? そんなものは知らん。そうなったらもう放置だ。
「で、では改めて」
博士は居住まいを正し、前置き一つ、
「愚民! 私は怒っているのだ!」
……まさか最初からやり直しとは思わなかった。細かい身振り、テンションまで完全再現とは恐れ入る。
再度指さされたゴキ子も、若干驚いたような表情でこちらに視線を送ってきている。うん、あの目はゴーサインを待っている目だな。
さて、流石に本題に全く触れずに噛み付き許可を出すわけにもいかない。ここはゴキ子に我慢してもらおう。よーし、ゴキ子、ステイ、ステイだぞ。
「……」
どこまで読み取ってくれたかはわからないが、とりあえず通じたらしい。ゴキ子は無言でこちらから視線を外した。
あとは博士に続きを促すだけだ。
「で、なにに怒っているのか聞いてやるから簡潔に話せ」
「う、うむでは言うぞ? 言うからな」
「はやくしろ」
急かすと博士は、深呼吸をし、さらに息を大きく吸い込み、両の腕を大きく左右へ広げ、言う。
「なぜ! ゴキ子君の寝間着が裸Yシャツではないのだ!!」
「……」
暫しの沈黙。
……あー、なるほど。
「ゴキ子、噛んでいいぞ」
むしろ噛め、全力で。