2匹目前座:忠実に生きる
食後、三人で卓袱台を囲み一服しているときの一コマである。
「愚民!!」
「なんだ、突然。茶が零れるだろうが」
突如、卓袱台に手を付き、勢いよく立ち上がった博士と、呆れ顔で茶を啜る俺、そして、博士の声に驚いて目を見開いたゴキ子という構図。
さて、このまま放置しておいても、博士が勝手に暴走してくれるわけだが。ふむ、それは困るな。間違いなく俺が被害を受けるわけだし……。
「貴様の茶などどうでもいいわ! 今重要なのは――」
しかも、この変態白衣は、夏の麦茶をどうでもいいと抜かしやがりましたよ。
「いいか、愚民。私は怒っているのだよ」
「そうか、俺は呆れているよ、博士。言わないけど」
「あの、坂田さん。言ってます、よ?」
……え?
「愚民、君の思ったことを、すぐ口に出す癖は治すべきだな」
やらかした!? またやらかしたのか俺は!?
◆
ふふ、いい感じに愚民が壊れ始めたな。この機を逃すわけにはいかん。今のうちにゴキ子君を調きょ、いや、教育せねばなるまい。
そうと決まれば移動だ、移動。少しでもゴキ子君に近づかねば。そして、ふふふ。
「よく見ておきたまえゴキ子君。あれが自分の失態にどう対応していいかわからない男の姿だ」
「え、え? 卓袱台に頭を打ち付けたり、天井見ながら唸ってますよ? 大丈夫なんですか!?」
「駄目かもしれん」
主に頭の中身が。
「えー!? と、止めないと。止めないとですよ!」
「放っておきたまえ。そんなことよりゴキ子君、私といいことをしようではないか」
「あ、あの、博士? どうして首に手を回してくるんですか?」
「恐れることはない。私に全部まかせてくれればいい」
◆
「エロの気配!」
正面だ。正面から、なにかピンク色の空気を感じる。
俺が逃避に浸っている間に一体何が、
「はかせっ、やめっ」
「何を言う。早く素直になりたまえ」
起きているのか、と疑問しようとして、しかし、目の前に答えを見つけてしまった。
さて、この状況どうしたものか。止めるべきなのはわかっている、わかっているのだが、見た目だけなら美女と美少女。その二人が濡れ場寸前まで来ているわけで、男子として、これを止めるのは勿体ないと申しますか、このまま眺めていたいという欲求が……。
ほら、その、ゴキ子の上気した頬とか、口から漏れる声なんかが非常に艶めかしいわけで、健全な俺としては、
「……眼福、眼福」
「気づいてるなら博士を止めてください! ひぁっ」
「……え?」
嫌だけど……。
「愚民、君は清純そうに見えて、なかなかエロに忠実で素敵だな。これで度胸があればなお良いのだが、うむ、そのあたりヘタレの君には無理だと思うから諦めよう」
今、馬鹿にされたな。俺、完全に馬鹿にされてるな、これ。しかも、元害虫少女をあられもない姿にして組み敷いて、アレやコレやしようとしている変態白衣に馬鹿にされてるな。これは屈辱的だ。だが甘んじて受け入れよう。
なぜ? 愚問だな。俺はこう思っている。
いいぞ――
「もっとやれ」
「……」
沈黙である。それはもう、目の前で組んづほぐれつしていた二人が、ジト目になってこちらを見つめてくるくらいの沈黙である。
辛い。その視線が辛いです……。あ、でも、これはこれで――
「ありかもなー」
……視線がさらにきつくなった。