1匹目余談:博士の企み御風呂でのお話
博士に連れられて風呂場に来たゴキ娘は、窮地を迎えていた。
「さあ、ゴキ子君も脱ぎたまえ」
「あ、はい。今――」
「なんなら私が脱がせてあげよう」
原因は博士だ。
博士は脱衣所に入った途端、ゴキ子の服を脱がせようとしたのだ。
博士の目は妖艶な輝きを帯び、両の腕がゴキ子の纏う衣服へと伸ばされている。その姿からは完全に理性と呼ばれるものが失せていた。
「いえ、自分で脱げ――」
「私が脱がせてあげよう」
「だから自分で――」
「脱がせてあげよう」
「博士、落ち着いてください。私は自分で脱ぎま――」
「駄目だ。私が剥く。ゴキ子君は大人しくしていなさい」
三度、説得を試みたが、それどころか言い切る前に遮られる始末。最早、説得は意味を成さない。
ならば、脱がされる前に脱ぐしかない。
「そんなことはさせん」
だが、目論見は博士の手によって、簡単に阻止されてしまう。
「博士、手を放して下さい。服が脱げません」
「問題ない。私が脱がすのだからな!」
「は、博士!? 何故、スカートのホックを外すんですか?」
「ふふ、そんな野暮なことを聞くものじゃない。次は上を脱がすぞ」
「やめてください。自分でやりますから」
この後、抵抗むなしく、ゴキ子はすべての衣類を脱がされた。文字通りすべての衣類を……。
◆
博士たちが風呂へ行ってから数分、俺は煩悩を殺すために、ひたすら読経をしていた。
「気にならない、気にならない、覗きたいなんて思ってない。」
読経していた。
「風呂、風呂、風呂、裸、裸、裸」
読経していた(※ 違う)。
読経の効果は絶大だ。俺の煩悩を完全に殺しきっている。さらに、足が勝手に風呂へと向かうおまけつきだ。素晴らしい。
「胸、巨乳、貧乳、尻、太もも」
これは読経であって断じて煩悩を吐きだしているわけではない。その証拠に俺の頭には純粋な好奇心(※ 一般的には煩悩)しかない。足だってほら、風呂場の前で止まっているじゃないか。
「これは覗きじゃない、これは覗きじゃない」
扉へと手が伸びる。
「俺はただ楽園へ向かっているんだ――」
「坂田さん、助けて下さい!!」
扉を開けようとしたその時、全裸のゴキ子が飛び出してきた。
「お、おい」
扉の前にいた俺は、飛び出してくるゴキ子を避ける事が出来ず―
「いった……」
ゴキ子に押し倒される形で激突した。
しかし、ゴキ子はそんな状態を気にすることなく、
「助けて下さい。博士に殺されてしまいます」
「お、落ち着け。話は後で聞いてやるから風呂へ戻れ!」
この体制はまずい。
「こんな状態を博士に見られたりしたら――」
「おお、ゴキ子君を追って風呂から出てみれば、覗きを働こうとしていた愚民が、全裸のゴキ子君に押し倒されているではないか」
見られた。しかも詳細な説明つきで……。
というか、なんだ、その如何にも驚いていますみたいなポーズは……。
「は、博士」
「迎えに来たよ、ゴキ子君」
「私は戻りません!」
「博士、こいつに一体何をした」
「なんだ、愚民の分際で、また私を悪者扱いか。言っておくが、今回は本当に何もしていないぞ」
「だったらどうして、こいつがこんなに脅えているんだ」
言って、ゴキ子を見る。
ゴキ子は今、俺の首に手を回し、抱きつくような形になっている。
あ、控えめながら柔らかいものが当たって……。
「って、違う」
「愚民、君は今――」
「か、考えてないぞ。柔らかいものが当たって気持ちいいなんて、断じて思ってない」
「君は本当に嘘が下手だな」
何故だ。完璧に誤魔化したはずなのに……。
「さて、これをネタに君を虐めるのも悪くないが、このままいると、私とゴキ子君が風邪をひいてしまうのでな。そろそろ風呂に戻らせてくれ」
「嫌です! 戻りません!」
ギュッとゴキ子はさらに力を込めて俺に抱きついてきた。
ああ、素晴らし――じゃなくて。
「なあ、何があったんだ?」
脅えるゴキ子に問いかける。
ゴキ子は顔をこちらに向けて、
「博士が、博士が、私の体を――」
「体を?」
「――洗おうとしたんです!!」
「……は?」
それだけ?
思わず博士の方を見る。すると博士は肩を竦めて言う。
「だから私は何もしていないと言っただろう」
「疑って悪かった」
まさか本当に何もしていないとは……。
「私への疑いも晴れたことだし、ゴキ子君を連れて行ってもいいかな」
「ああ、持ってけ」
この感触を失うのは惜しいが、問題がないと分かった以上、このままにしておく訳にもいかない。
「ほら、お前もいつまでもそうしてないで風呂に戻れ」
「嫌です!」
ゴキ子は頑なだった。
何がゴキ子をここまで追い込んでいるのか、俺には理解できない。それは博士も同じらしい。これはもう、当事者であるゴキ子以外にはわからないことなのだろう。だから聞く。
「なぜ、そんなに嫌がる?」