0匹目:聖戦
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それは夏の日の出来事だった。
なんてことはない普通の一日であるはずだった今日は、しかしとあるお客様の来訪によってぶち壊された。
何か自分は悪い事でもしたのだろうか?
狭いアパートの一室、廊下と部屋とを隔てるドアを開け放ったままにして、青年は自問する。
足元に落としてしまったコンビニの袋から、ペットボトルがころころと部屋の中へ転がっていくのも、部屋の奥に設置されたテレビが記録的猛暑を伝えてくるのも無視して、彼はただ一点を見つめたまま身動きを取れずにいた。
青年の視線の先、部屋のちょうど中心となる位置に設置された円形の卓袱台の上にソレはいる。
ソレは青年が、いや人類のほとんどが望まぬ来客であるところのソイツは、まるで近所を散歩しているような気軽さで六本の足を動かし、あろうことか彼が最も愛する家具を蹂躙していく。
青年は思う。
ソレが床にいてくれれば許せただろうか?
否。
ソレが壁にでも張り付いてくれていれば見逃せただろうか?
否。
許せはしない。どんな形であれ出会ってしまえば最後。ソレは人類の敵となる。
ソレが巣に引篭もっていてくれさえいれば、せめて出てくるにしても人目を忍んでくれれば良かった。
そうすればこの邂逅はなかった。
そうであれば彼は無益な殺生をせずにすんだのに。
でもこれは人間側の言い分で、ソレにはソレの意思がある。
ここに来たのは単なる気まぐれで、本当に軽い気持ちで散歩しているだけかもしれない。はたまた、腹が減って食料を求めて現れたのか。どちらにしても、ソレは人間に迷惑をかけるつもりなど毛頭ないのだろう。
だが、例えそうだったとしても許せない。
ソレが何を考えていようと、どんなつもりで彼の愛する卓袱台に、その六本の足を乗せ、雄々しく伸びた二本の触覚を天板に擦り付け凌辱の限りを尽くそうとしていても、もはやそんなことは重要ではない。
大事なのはソイツが目の前にいる、それだけ。
ソレは存在そのものが人類にとって悪だ。
青年は自分に言い聞かせる。
これから行うのは無益な殺生でない。義によって成る誅殺なのだ。
その為の戦いが如何に後の世で侮蔑されるような汚いものになっても、世のため人のために自分はなさねばならない。
そうだ。何を恐れる必要がある。たかが害虫一匹。ゴキブリなんぞ、
「殺してしまえ」
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