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7 半月の夜


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 遠くに見える玉骨の上に半月が照っている。しんと静まった華芸町には己の足音しか聞こえない。

 意味も無く己の足音を数えつつ、拓也は自宅へと向かう。どこからか犬の鳴く声が聞こえた。

 戸口に手をかけ、拓也は動きを止める。ゆっくりと振り返った。

「やあ」

 少年はにこやかに手を上げた。風に蜜色の髪が揺れる。

「……若君」

 気配を感じなかった。足音もしなかった。笑みを浮かべる彼を恐ろしく感じる。

「名で呼べと言っただろ?」

「……申し訳ございません」


 加羅(から)様。


 少年――加羅は形の良い唇に笑みを浮かべた。

「様もいらないけど。まあ良いや、状況はどうだい?」

 加羅は腕を組んだ。尊大な仕草が決して不自然ではない。

「……変わらず、上々です」

「そう。なら良い」

 お疲れ様、と肩を軽く叩かれる。思わず体が強張った。そんな拓也を見て加羅は可笑しげに目を細める。

 切れ長の目は紅緋。炎を思わせるその色味に反し、彼の笑みはどこか冷たい。

 すっと通った鼻筋に柳眉。白い面に美しく弧を描く唇。彼の容貌は華やかでありながら、女性のような甘い柔らかさは無い。凛という言葉がよく似合う。伸びた前髪で左の目は見えないものの、それが彼の美貌を邪魔する事は無い。

 僅かに癖を含んだ蜜色の髪は中途に伸びており、今は無造作に纏められている。伸ばしたと言うよりも伸びた、という風情だ。だとしても艶やかな蜜色は否が応でも人目を惹いた。

 白の袷と黒の洋袴を纏う身体はしなやかで優美だ。しかし皮の腰帯(ベルト)の巻かれた腰は決して華奢ではなく、少年らしいしっかりした骨格をしている。

「……何故、このような事を……?」

 闘技場で冠を得るよう加羅に命じられて幾月。拓也は未だ理由を知らされていなかった。

「釣りをしたいんだ」

「……釣り?」

「そう。獣をね、釣りたい」

 くすりと加羅は笑みを漏らす。拓也の背が震えた。知らず溜まった唾を飲み下す。

 拓也は加羅の笑みが苦手だった。いや、恐ろしかった。彼は喜怒哀楽の全てを笑みで表すから。だがしかし、笑みを消した加羅は今よりももっと恐ろしいのだと思う。

 拓也は十も年下のこの少年が怖かった。しかしそれを恥とは思わない。仕方が無い、当然の事だと感じていた。

「……何故、ですか……?」

 震えそうになる声を押さえ込む。はたと加羅は目を瞠った。

「何故って?」

「……あ……出すぎた事を……」

 俯く拓也を覗き込み、加羅は美しく微笑んだ。

「里の為さ」

「……里の」

「そう。だっておれは英雄だから」

 笑みを含んだ紅緋の目が欄と光る。

 呑まれた。

 加羅はふ、と小さな笑みを漏らし、ふいに拓也に背を向けた。

「とにかく、きみはおれに従っていれば良いさ」

「……は」

「そうすれば、約束した通りきみに自由を与えてあげるよ」

 脳裏に楓の姿が過ぎる。

 初めて、愛しいと思った相手だった。

 楓に出会ったのは加羅に拾われ、何もかもがどうでも良いと思っていたそんな時だ。彼女の笑顔に、胸に暖かいものが満ちるのを感じた。

 手放したくない。

 加羅は掲げた左の掌越しに半月を眺めている。

 その左手首の瑠璃の数珠が、きらりと揺れた。

 ぐ、と拳を握りこむ。

 まるで月を握りつぶすかのように。



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