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2 つい思わずが命とり

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「け……っ!!」

 思わず漏らした声が大きく店に響く。茶屋の他の客の視線がこちらに集まるのを感じ、紗雪は慌てて口を押さえた。眼前の友人は頬を染めてはにかんでいる。

「け、結婚って、ほ、ほ、ほんと?」

「うん」

 えへ、と笑って楓は後頭部を掻いた。紗雪は驚きを隠せない。何度も瞬きを繰り返し、はにかむ友人の顔を凝視してしまう。

「い、いつするの?」

「紗雪さっきからどもりすぎ。いつってはっきりとは決まってないんだけど、秋までにはできたら良いね、って話してるんだ」

「あ……そうなんだ……。おめでとう……」

「ありがとー」

 頬を染めて笑う楓は、いかにも幸せでいっぱいですといった風情だ。

 吉村楓は、紗雪の元同窓の生徒だ。冬まで一緒の私塾に通っていたのだが、家の都合で私塾を辞めてしまった。今は家業の蕎麦屋を手伝っている。

 同い年という事もあって、楓が私塾にいた頃は一番仲良くしていた。辞めてからも、こうして時折会っている。

「そ、それで? どんな人と結婚するの? 私も知ってる人?」

 未だ驚きにどもってしまう。興奮に熱くなった頬を両手で包み、紗雪は身を乗りだした。

「えっとねえ、紗雪は知らない人なんだけどー、うちの店のお客様だったんだけどー、あー何か恥ずかしいなー」

「何かわい子ぶってるのよ。ほら、さっさと言いなさいって」

「何かね、ちょっと強面なんだけど優しくてー、背が高くてーがっしりしててー、無口なんだけどー、優しくてー」

「二回言ったわよ」

「だってほんとの事なんだもん」

「どうしよう楓。何か惚気ウザくなってきた」

「ちょ、聞いてよ! 惚気させてよ!」

「あーはいはい。どうぞ続けて続けて」

 少しばかり投げやりに先を促がせば、楓はにやけた顔で口を開いた。

「でね、初めて会った時、こう、びっと来たのね? 拓也の後ろにこう、おじいさんになった拓也の影が見えたのね?」

「生霊じゃないのそれ?」

「それで運命感じちゃって……。私はこの人と生涯を過ごすんだなー、みたいな?」

「まあとりあえず拓也さんって言うのね、旦那」

「で、次に拓也が店に来た時に声かけて、それで今に至る、と」

「拓也さん結構手早いのね」

「愛って……時間じゃないんだね……」

 ふ、と遠い目で楓は微笑む。

「長さより密度っていうか……。いかに過ごすかだと思うんだ……」

 言って、赤い顔で楓は後頭部を掻いた。照れた時の彼女の癖だ。

「ま、何にせよおめでとう。幸せそうで腹立つけど」

「この正直者めー」

 楓は笑いながらわらび餅を口に運んだ。紗雪も倣って菓子を口に運び、お茶で喉を潤す。

「ねえ楓、ところで髪何で切ったの? 長いの綺麗だったのに。いや、短いのも可愛いんだけど」

 私塾に通っていた頃の楓は、腰に届くほど長い髪をしていた。

 今は黒髪をさっぱりと切り、まるで少年のような髪形をしている。

「だって長いと子供産む時に邪魔でしょ?」

「でき……っ!!」

 またも思わず大きな声をあげてしまい、紗雪は慌てて口を押さえた。

 楓はからからと笑いながら手を振る。

「できてないできてない。でもそのうち産む時にさ、やっぱり邪魔かなーと思って」

「あー……ああ……そう……」

 何だか脱力してしまい、紗雪は椅子に深く沈む。

 自分と同窓の同い年の友人が結婚と言うだけでも驚きなのに、更に出産とまでなると驚愕のあまり脱力する以外に無い。

「結婚かー……出産かー……」

「何、どうしたの?」

「いや、何かそういう事が現実になってくる歳なんだなー……って思って……」

 里の民は二十半ばで身を固める者がほとんどだ。十七で結婚となると随分早いが、それでもおかしな事ではない。

「だね。私もほんとはもっと先だと思ってたんだけど」

 ところで、と楓はきらりと瞳を輝かせる。

「紗雪は何か無いの?」

「え」

 思わず紗雪は首に手をやった。

「やだ、何かやらしいこの子。何で首触るのよー何か痕とか有ったり?」

「無い無い無い無い」

 紗雪は高速で手を振って否定する。

 楓が思っているような痕はもちろん無い。傷痕も、もうほとんど目立たない。

「ほんとにぃ?」

 にやにやと笑いながら、楓は上目に覗き込んでくる。

「ほんとに無いって」

「えー面白くなーい」

 口を尖らせながら、楓はでも、と朗らかに笑った。

「紗雪の恋人見てみたいなー。格好良いんでしょ?」

「え」

 待て、何故いる事を前提で話す。

「だって紗雪面食いじゃない」

「いや、まあそうなんだけど……」

 どんな人? と楓は首を傾げた。

 紗雪は言葉に詰まる。どんなも何も、いないのだから答えようがない。

 しかし、何となくいないと素直に答えるのが嫌だった。

 同い年の友人が結婚という、恋愛の末の最高の幸せを手に入れようとしているのに、自分は恋人も何もいない。むしろ、手ひどくふられた(と言って良いのか悩むが)後だ。

 何だかみじめではないか。しかも楓は、紗雪に恋人はいると信じて疑わない。

「年上でしょ?」

「え、あ、うん」

 だから思わず、肯定してしまった。

「やっぱりねー。紗雪は年上の方が合いそうだもん」

 うんうん、と楓はしたり顔で頷いている。

「それで結構背が高めでー甘やかし上手な感じっぽい。でしょ?」

「あー……うん……そんな感じ……」

「やっぱり! さすがは私」

 にこにこ笑ってはしゃぐ楓を前に、紗雪は内心冷や汗を垂らしながらぎこちない笑みを浮かべた。



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