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19 側咲きの花

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 バレていたのか、と舌を出す。

 紫呉の様子を窺おうと背後を見るが、紫呉は須桜を全く気にした素振りも見せず、人ごみの向こうへ女性を連れている。

 その信頼を快く思う。この場を任せてくれたのは、須桜の力量を信じてくれているからこそ。

「お、お前、どけよ。あ、あいつに、あいつに仕返ししてやるんだ……っ。あ、あいつの手も、ぐちゃぐちゃにしてやるんだ……!」

 男の手から血が滴っている。逆の手には包丁。それにも血が付着している。

 男を見つめ、須桜はふむと一つ頷いた。

 『あいつ』とは紫呉に相違ないだろう。

 男の傷口を見るに、紫呉はどうやら彼の手にした包丁を刺したようだ。

 だが傷の大きさからすると、貫通はさせていない模様。傷の位置からすると、骨を避けて刺した模様。妙なところで慈悲深いものだ。

 いや、慈悲では無いかもしれない。男を慮るならば、男が気絶するほどの痛みを与える事など紫呉には容易いだろうから。

 まあ、戦闘に際した紫呉がそこまで深く考えて行動できるとは思えないから、ただの偶然なのかもしれない。

「な、何だよ、何じろじろ見てるんだよ何だよ」

「いや別に。その傷、思ってる以上に早く治ると思うわよ。まあ痕は残るだろうけど」

「だ、だ、だから何だって」

 男の言葉を遮り、パンと何かが爆ぜる音がした。それに伴い煙が立ち込める。須桜は袂で口元を覆った。

(……蕃椒、胡椒、山椒と。あとは石灰、石墨かしら……。砒石が含まれてるなら厄介だけど)

 だが、薬の効き目の薄い自分の体が傷みを訴えている。つまりは毒性の有る砒石よりも、蕃椒などの類を多く含んでいるのだろう。

 安心と共に鼻がむずりとして、須桜はくしゃみを連発した。

 煙の中、こちらに影が近づいてくる。どうにも穏やかな気配ではない。

「女、よくも同志に恥を」

「……へ……っぷし! あー……。恥?」

 男だ。先程自白剤を飲ませた男に肩を貸し、憤怒の形相を浮かべている。

 薬を飲ませた男は、帯による拘束は解かれているものの、相変わらず赤い顔で苦しい呼吸をしている。より一層薬が効いてきているのか。

「そういうの好きでしょ? 痛みも恥も、常の平和のありがたさを思い知れーってなもんじゃないの?」

 言葉尻は咳に変わった。袂で押さえ咳き込みながら、逆の手で男を指差す。

「それはそうと、その人離してあげた方が良いかもね。多分、触られてるだけで苦しいから」

 ね? と同意を求めて男に嗤いを投げかける。男が身を震わしたのは屈辱の為か、それとも快感の為か。

 男は何か言おうと口を開くが、その口はすぐに真一文字に引き結ばれた。矜持が許さないのだろう。口を開けば、漏れるのは嬌声ばかりだろうから。

自分の薬の出来に満足して、須桜は笑った。

「同志を愚弄するか」

「……そ、そうだ! 馬鹿に、馬鹿にばっかしやがって……っ」

「は?」

 そういえばもう一人いたのだった。

「畜生畜生畜生どいつもこいつも馬鹿にしやがって畜生!!」

 包丁が飛んでくる。

 須桜は袖を指先で摘み、広げた袂で包丁を受け止めた。腕の内側に痛みが走る。

袂に刺さった包丁を抜いて捨てる。指先から血が滴る。ぽつぽつと地面に染みを作る。男は笑っている。

 誇天の男がこちらに向かってくる。須桜の言葉を受けてなのかは知らないが、薬の回った同志は地に伏せさせている。

 辺りはまだ煙が立ち込めている。人々はあらかた逃げ果せたようだ。

 今なら、誰の目も気にせず御影の血を利用できる。

 須桜はにやりと、口の端を持ち上げた。

 腕を振る。地面に一筋赤い線が走る。

 男が一歩進む。須桜は一歩下がる。進む。下がる。進む。下がる。

 男が線を踏んだ。須桜は足を止める。

 パチン、と指を鳴らす。

 だが何も変化は訪れない。

「……うーん、やっぱり駄目か」

「逃げるな、女」

 男の目が、追い詰めたと言っている。頬に笑みを滲ませ、須桜は男を見上げる。

 男を指差す。

 そして告げた。

「爆ぜろ」

 爆音と共に男が爆ぜ跳んだ。爆風に髪が揺れ、立ち込めていた催涙煙が霧散していく。

 須桜は男のもとに歩み寄り、ぶるぶると痙攣する足を眺めた。肉が抉れ、周囲の肉は焦げついている。

「……ぐ、ううう……っ!!」

 食い縛った歯から荒い呼吸を漏らし男はのたうつ。須桜は男の傷口に己の血を垂らした。これで失血死する事はないだろう。

「確かに、大事なのは平和な毎日よねえ」

「こ、殺せ……!」

「嫌よ。死にたがりを殺してあげるなんて」

 殺す事もできた。もっと大きな爆発を起こす事もできた。

 だがそうなれば、傷を負った自分自身も爆発に巻き込まれる。自分を巻き込まず、なおかつ局地的に大きな爆発を誘引するのは難しい。

 青生は新作の火薬を、分量によって今まで以上に爆発の規模を調整できると評していた。

 だが須桜の体内に火薬を取り入れてまだ日が浅い。そこまで完璧に火薬を操りきれはしない。

 それに、僅かな身体動作で爆発を誘引するのが理想ではあるが、それはまだ高すぎる理想か。

 治癒に関しては全て無言で質を変更できるのだが、攻撃に関してはまだ言語による誘引が必要だ。

(……まだまだね)

 薬を体内に取り込む事によって、御影の男のように薬を生み出せると知ったのは、数年前になる。

 歓喜に震えた。

 これで護れる、と。

 不完全な治癒を施すだけではない。主が傷つく前に護れる、と。

 だが紫呉は良い顔をしなかった。お前が前線に出る必要は無い、お前に護られる自分で在りたくない、そう言って須桜を退けた。

 しかしそれで退く須桜ではない。

 紫呉は須桜に護られたくないと望む。

 須桜は紫呉を護りたいと望む。

 ならば、共闘しかあるまい。

 紫呉が戦う事を、前線を駆ける事を望むならば自分も傍らに在りたい。

 ただ癒すだけではなく、主が傷つくまで役立てぬのではなく、共に戦いたい。

 欲張って幾種も薬を摂取した事もある。しかしそうすると、それぞれの薬の効能は薄れ思うような効果は得られなかった。

 そして須桜は、この身を焔硝蔵にすると決めた。火薬ならば攻撃にも防御にも逃亡にも利用できる。

 思うがままに御するのは困難だが、だからこそ己の制御下に置いた際には非常に有用だ。

「な……っ、何なんだ、何だ、今の」

 先程の男が、震えながらこちらを見ていた。

「爆発」

 須桜は結紐を解き、腕に止血を施した。勿体ない、せっかく影亮が綺麗に結ってくれたのに。

「そ、そんなのは分かってるんだよ!」

 眦を吊り上げ男が叫ぶ。

「畜生畜生畜生どいつもこいつも馬鹿にしやがって畜生! 死ねば良いんだ死ねば良い死ね、死ね!!」

「お断り」

 掌の傷も忘れて我武者羅に向かってくる男の腹を、須桜は竹竿で突いた。蛙のような声を上げて、男はもんどりうって倒れる。

「な、何でこんな……っ、痛い、痛い……っ」

 呻く男の腹を、須桜はもう一度突いた。ぐるりと白目を剥いて、今度こそ男は意識を手放した。

 須桜は自嘲に頬を歪める。

 まだまだ拙い。本当は一撃で昏倒させたかったのだが。

 ピイッ、と甲高い警笛が黄昏時を貫いた。

「瑠璃治安維持部隊乾第壱班だ! 首謀者の奴らは大人しくしといてくれよ!」

 いまいち締まりの無い莉功の声が響く。次いでどやどやと壱班が押し寄せた。

 あちらこちらで安堵の声が上がる。空気が緩んでいくのを感じた。

 須桜も一息つき、竹竿を手放した。目を回している男の額に丁度ぶつかり、男は意識の無いままに唸った。

 それを見おろし、須桜はふんと鼻を鳴らした。

 こんな奴に殺されてなるものか。自分の死に場所は、紫呉の傍らだと決めている。

 側で戦いたい、そして主を護って死にたい。死ぬ時は、主の魂に己の存在を刻むように凄絶に散りたい。

 紫呉がそれを望んでいない事は知っている。

 だからこその願いだ。決して、叶えるつもりの無い願い。ずっと共に在るという誓い。

 散るも咲くも、主の側だという誓約。

 人ごみの中、莉功と言葉を交わす紫呉の姿を見つけ、須桜は人ごみを掻き分けて紫呉のもとへと駆け寄った



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