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16 現実


*********************************************


 小僧や娘たちを逃がし、拓也は武具の類を箱に仕舞った。刃を潰してあるとはいえ、誇天の者達の手に渡ってしまえば面倒な事になる。

 誰がどうなろうと知った事ではないが、ここには楓がいる。彼女の安全は確保せねばならない。

「律儀だね。きみも早く逃げた方が良いんじゃない?」

「……若君」

 この騒動の中でも、加羅は涼しい顔をしている。不気味なほどに悠然としていた。

 はっと拓也は息を呑む。

「……もしやこれは、あなたが……?」

 く、と喉を引き攣らせるようにして加羅は笑った。

「おれは誇天の組頭に情報を売っただけ。昼行灯殿が今ここにいるよって」

「……それは」

 真か、と問う前に加羅は続けた。

「嘘だろうが真だろうが、彼らにとってはどっちだって良いのさ。本当ならより一層有難いってくらいで。読売には次男殿がここに入り浸ってる、って既に書かれてあるしね。彼らの理屈じゃ、ここで騒ぎを起こす事そのものが如月を讃える事になる」

 ここの垣はまだ壊されていない。垣の向こうへちらりと視線を流し、加羅は腕を組んだ。

「あとは、死にたがりを今日まで扇動してきたってだけ。誇天に組すれば死花を咲かせられるよ、ってね」

 ではあそこにいるのは生粋の誇天だけではなく、はた迷惑な自殺志願者も含むという事か。

「とりあえず、そろそろ壱班が来るだろうから逃げた方が良いと思うよ」

「し、しかし……楓が……」

「平気だろ。基本的に誇天は壱班に従順だよ」

「しかし……っ!!」

「瀬川」

 びくりと身が竦む。

 こめかみを、ツゥと汗がつたった。

 加羅は何も言わず拓也に背を向け、歩き出した。群衆の中に加羅の姿が紛れ、やがて見えなくなった。

 無意識に詰めていた息を、拓也はゆっくりと吐き出した。

 垣の向こうへ視線を送る。どうか無事であれと願う。

 拓也は逡巡を振り払い、加羅の後を追った。



*********************************************



 雪斗はやけに傀儡が愛おしくてならなかった。

 目の前の光景には、妙に現実感が無い。見世を見ているような心地だ。

 それは、逃避しているからだと理解はしている。自分がこのような破目に陥るなど、認めたくないからだと分かっている。

 誇天の口上を聞きながら、次の見世での参考にしようかなどと考えた。戦物より情物を雪斗は得意としているが、これを機会に芸の幅を広げるのも良いかもしれない。

 悲鳴が耳を劈く。血の臭いに胃が迫り上げられるようだ。

 雪斗は、ぱんと頬を張った。

(痛い)

 当たり前だ。

 これは現実だ。逃げている場合ではない。

 席が風上だった事が幸いして目は無事だ。眼鏡も役に立ってくれたのかもしれない。

 紗雪達はどこにいるのだろう。

 先程まで彼女達が座っていた付近を捜しても、二人の姿は見つからない。既に逃げたのなら良いのだが。

(……どこだ)

 人ごみの中に妹の姿は見つからない。

 紫呉の姿が見えた。彼は少女の手から小刀を奪い、腹に拳を叩き込んだ。少女の体が崩れる。

「雪斗!」

 紗雪の声に首を巡らす。

 少女に肩を貸し、紗雪は苦しげに眉を顰めていた。片目を瞑っている。もう片方の目から涙が流れていた。

 雪斗は慌てて駆け寄った。紗雪は涙と洟を垂らし、咳き込んでいる。

「お、おい、大丈夫か!?」

「痛いけど一応は……。でも楓は両目やられたみたい。片方はまだマシみたいだけど」

 ごめんね、と楓が呻く。

「楓が謝る必要無いわよ」

 紗雪の腕から楓の体を預かり、雪斗は彼女に肩を貸した。紗雪は汚れた顔を拭った。

 段上には無残な死体が転がっている。血の気が引いた。吐き気がする。

 首を振ってその光景を散らし、雪斗は足を進めた。

「ま、待って……。拓也が……」

「拓也?」

「楓の旦那様。大丈夫よ楓、拓也さんは強い闘士なんでしょう?」

「でも、……でも……」

 ぼろぼろと大粒の涙が頬を流れた。痛みの為か、伴侶を想っての涙なのかは分からない。

「心配なのは分かるけどよ……」

「でも……っ」

 楓は雪斗の腕を払った。よろめきながら伴侶の名を呼び、彷徨い歩く。

「楓!!」

 叱責して、紗雪は彼女の腕を掴んで引き戻す。雪斗も彼女の腕を掴み、両側から楓を支え出口を目指した。

 パン、とまた破裂音がした。

 悲鳴が上がる。

 煙はこちらと逆方向に流れていく。しかしその為か、客は一斉に雪斗達のいる方向へと押し寄せた。

 人波に呑まれる。突き飛ばされた。均衡を崩し紗雪が倒れる。楓もだ。人々が駆け抜ける。

「痛……っ!」

「大丈夫か!?」

 少女二人を抱え込んで庇うように、雪斗は人の流れに背を向ける。

「楓、平気? どこか怪我したの?」

「手……っ」

「診せて」

 紗雪は楓の手を取った。踏まれたのだろう。くっきりと足跡が残っている。

 紗雪は流れる涙を手の甲で拭った。無事な目を開け、楓の手指をいじる。

「い……っ! い、痛い!」

「……大丈夫。折れてはいないみたい」

 そう告げる紗雪の頬は青い。指も震えている。この事態が怖くないはずが無い。

 勇気付けようと、雪斗は妹の肩を叩く。大丈夫、と紗雪は震える声で言った。

「黒官目指してるんだもの。これくらい、へっちゃらほいよ」

「……何だそりゃ。んなの言う奴初めて見たぞ」

「これから流行るのよ」

「ねぇよ」

 笑って、雪斗は紗雪の肩を叩いた。楓の腕を掴み、引っ張り上げるようにして立たせる。

「旦那心配なのは分かるけどよ。旦那はここの闘士なんだろ? だったら信じてやれよ。大丈夫に違いねえって。な?」

「そうよ。私達の友達も頑張ってくれてるし。大丈夫よ」

 紗雪は楓の涙を袖で拭いた。大丈夫、と繰り返す。

「……うん……、そうだね……。ごめんなさい……」

 洟を啜り、楓は二人に支えられながら歩きだした。

 先程紫呉を見かけた付近を振り返る。彼の姿は、人に呑まれてもう見えない。

 影虎も見失った。落ち着けと叫ぶ声は、随分苦しそうだった。あの煙にやられたのだろうか。

(……大丈夫だろ)

 伴侶を信じろと、今しがた楓に言ったばかりだ。同じ口で、友人の心配を告げてどうする。

 向き直り、歩を進めようとしたその時だ。

 目の前に少年が立ちふさがった。

 彼はぶつぶつと何事か呟きながら、手にした小刀を見つめている。

 少年の不気味な様相に、肌が泡立った。どいてくれ、と言いたい。しかし彼を刺激してはいけない気がする。

「……頑張ってるのに頑張っているのに誰も認めてくれない、頑張ってるのに」

 それだけ何とか聞き取れた。少年は尚、ぶつぶつと零し続けている。

「…………良いだろ、一人は虚しいし、寂しいから良いだろ」

 ぎょろりと、少年の目がこちらを向いた。

 咄嗟に二人を突き飛ばした。

 夕闇を吸い取って小刀が光る。

 雪斗はやけに、傀儡が愛おしくてならなかった。



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