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10 安い挑発

*********************************************


「おーやってるやってる」

 一段高い木組みの段上で、闘士が刃を交わしている。扇子片手に口上役が賑やかし、段を四方に取り囲む客たちが更に囃し立てていた。

 木戸番に金を渡し、引き換えに番号札を貰った影虎はその様子を手庇を作って眺めた。

 隣に立つ紗雪は闘技場の熱気に気後れしているようだった。表情が硬い。

「ねえ影虎さん、あれって真剣……?」

「んや、刃は潰してあるよ」

 言った側から、西の闘士が東の闘士の腹を斬った。びくりと紗雪が肩を揺らす。

 段上で闘士は激しく咳き込んでいる。血は出ていない。それに紗雪はほっと息を吐いた。

 扇子を掲げ、口上役が西の勝ちを告げる。

 途端に満ちる歓声と怒号。垣の向こうに消える負けた闘士に、小石やら何やらが投げつけられる。対して勝った闘士は段上で喝采を浴びていた。

「今の人結構いつも勝つんだけどねー。あ、勝った人新しい人だ」

 と、楓は段上を指差した。

 あれから何度か紗雪と共に楓と会い、彼女とはもう随分打ち解けていた。お互い口調も砕け、料理の話などでそこそこ盛り上がるくらいの仲にはなっている。

 段上の闘士は、四方を取り囲む客に向かって挑発していた。客から挑戦者を募っているようだ。

 客の一人がそれに応え段上に向かった。やんやと客はそれを賑やかす。口上役が扇子で掌を打ち客を鎮める。

 空いた客席に腰を落ち着け、影虎たちは段上を見つめた。

 口上役が舞うように謡うように東西の闘士を紹介する。その間に着飾った二人組の小僧と娘が客の合間を行き来する。小僧が金と札を集め、娘は帳面に番号とかけ金を書き付けていた。

 小僧と娘が垣の向こうに消える。段上には二人の闘士。しんと客席は静まり返っている。

 ぴんと張り詰めた空気の中、闘士二人は互いに睨み合っている。午後の日差しが二人を照らしていた。

 口上役が扇子で手を打ち段を降りた。段の側の鐘を鳴らす。

 それと同時に二人の闘士はぶつかり合う。客席からは興奮に満ちた声が上げられた。

 やいのやいのと囃す客の声がうるさいほどだ。それに品が無い。自分はともかくとして、少女二人に聞かせるには少し抵抗があった。

 だが影虎の心配をよそに、楓はけろりとした顔だ。慣れているのだろう。

 しかし紗雪は身を小さくし、びくびくとしながら段上を眺めている。刃が闘士の肌に触れる度に肩を揺らし、目を背けていた。

「怖い?」

「……怖くない」

「嘘つけ。ま、死にゃあしねえから安心しろって」

「それは確かに、そうなんだけど……」

 俯き唇を噛みしめる。そう言えばこういった荒事は苦手だと言っていたか。赤銅色の髪の向こうに覗く横顔は青かった。

「……怖いなら見ないで良いけどさ。武器がどうやって使われるか見ておいた方が良いと思うぜ?」

 紗雪はちらりとこちらを見上げる。

「黒官目指してんだろ?」

 影虎は少しばかり皮肉げに唇を歪めて笑った。紗雪は段に視線を戻し、己の袴の裾をきゅっと握った。

「……うん」

 闘士の肩口を刃が掠めた。袴を握る紗雪の指先が白く色を変えている。それでも段上に注がれる視線はぶれない。影虎は軽く彼女の肩を叩いた。

 後ろについた両手に体重を預け、影虎は段上を見る。西の闘士が段下に投げ飛ばされたところだった。

 口上役が落ちた闘士に是か非かを問うている。闘士は口上役を突き飛ばすようにして段上に戻った。

(……東の勝ちかな)

 西の闘士(今落ちた男。先程客席から起った方だ)にはもう力が無い。まだ目に力は有るものの、それに体が追いついていない。攻撃をかわすのに精一杯だ。

(お)

 ふと影虎は客の中に知った顔を見つけた。紫呉と雪斗だ。

 小さく指先だけで合図を送ってやる。紫呉が気付いた。愛らしい少女二人を側に置いた自分を見せ付けるように、二人を横目で見やってにやにやと笑う。

 紫呉は気付いていない振りをして段上に視線を戻した。面白くないと顔に書いてある。

 影虎は笑いを噛み殺した。




*********************************************




 明日女の子二人とお出かけなんだぜー良いだろー羨ましいだろーまあ後で男一人追加だけどさ。

 そんでその人闘技場の最優秀本命闘士なんだぜ? すごくね?

 昨晩そう笑っていた影虎を思い出す。どうにも面白くない。

「……東の勝ちですかね」

 濁った気分を誤魔化すように、紫呉は段上の二人に目を向けた。

「マジで? よっし賭けてて良かった!」

 ぐっと雪斗が拳を握る。

「意外ですね」

「あ? 何が」

「雪斗はこういうの苦手だと思ってました」

 こういうの、と顎をしゃくって段上を指す。

 雪斗は顔に似合わず(と言ったら失礼だが)荒事や暴力沙汰が嫌いだ。それに人の怪我には過敏に反応する。だから闘争を売り物にする事には拒否反応を示すと思っていた。

「んー……、まあ、苦手っちゃ苦手だけど。致命傷とか無いしある意味安全だろ、ここだったらさ」

 それに、と雪斗は鼻先を掻いた。

「同業者……っつったら違うかもしれねえけど、あの人らも魅せる事が仕事なわけだし。苦手だけど否定はしたくねえな。だったら楽しまねえとな、みてえな、さ」

 徐々に雪斗の頬が赤く染まる。

「や、まあ、生活かかってるしな! 賭けで儲けたら楽だしよ!」

 殊更に荒っぽく言って、雪斗はぷいと顔を背けた。

 何に照れているのかいまいち理解できないが、どうしたのだと聞けば雪斗は怒るだろうという事は理解できる。

 聞きたいが、ここはぐっと堪えた。今日は既に雪斗を怒らせている。日に何度も怒らせては良くないだろう。

「あ」

 場内が沸く。勝敗が決したようだ。よし、と雪斗が拳を握った。

 負けた闘士が、垣の向こうによろめきながら消えていく。小僧と娘が札と金を配りに廻る。勝った側は、ぐるりと客を見渡し挑発を繰り返していた。

 さて、次はどうなるか。

 今勝った男は次で三戦目になる。彼がここの実力者である事は確かだが、そろそろ疲れが出てくる頃だろう。

 だが汗の浮かぶ頬に翳りは見えない。むしろ興奮冷めやらぬ様子だ。このままの勢いで次も勝つかもしれない。

 段上の挑発は未だ続いている。これで客から挑戦者が現れぬ場合は、垣の向こうにいる闘士が現れるはずだ。

 観客は今か今かと次の対戦を心待ちにしている。膨れ上がった期待と緊張とが、ざわざわと場内を満たしていた。

「おいそこのガキ!」

 闘士の指先がこちらを向く。

「そこの赤毛の眼鏡だよ!」

「は!? オレ!?」

 己に指先を向け、雪斗は三白眼を大きく見開いた。

「なかなかに凶悪なツラしてるじゃねえか。今まで何人殺ってきた?」

「や、ゼロだよゼロ!」

 あたふたと雪斗は手と首を振る。

「じゃあ女は何人犯ってきた? そのツラじゃあまともに女にゃあ相手されてねえんだろ? 今まで何人手篭めにしてきたんだ?」

「それもゼロだっつーの!! 人聞き悪ぃ事言わねえでくれよ!!」

 思わず紫呉は吹き出した。笑うな、と雪斗が真っ赤な顔で紫呉を小突く。

「意気地のねえ野郎だなあ! おい、隣のガキ!」

「おや、僕ですか?」

 己を指差すと、男は頷いて野卑な笑みを浮かべた。

「そうだてめえだよ。てめえはどうだ? 童貞の皮被りか?」

「ご想像にお任せします」

 客席から野次が飛ぶ。

 そんなガキを相手にするな、誤魔化すな童貞野郎が。様々だ。

「ああ、お前みてえなチビのクズは相手にされてねえんだろうなあ。可哀そうによお」

「背はこれから伸びますよ」

「そりゃねえな! お前はこの先もチビでクズで女にゃ見向きもされねえ! 残念だったな!」

 余計なお世話だ。

 場内に嘲笑が満ちる。にやにやと、からかうような笑みを浮かべる影虎の姿も見えた。腹の立つ。

「どうだ? 俺に勝ったら良い女を紹介してやるぜ? 俺のお下がりで良かったらな!」

「それはそれは。女性もお気の毒でしたね」

 苛立ちを皮肉にしてぶつける。男の頬に赤みが差した。笑い声がさんざめく。

 むずりと悪戯の虫が湧いた。この男の高い鼻をへし折ってやると、いったいどんな顔をするのだろう。いったいどんな遠吠えを聞かせてくれるのだろう。

 なかなかに魅力的な案に思えた。段上に上るつもりは無かったが、試してみるのも一興だ。

 紫呉は立ち上がって尻の汚れを払った。場内がどよめく。

「え、あ、おい、紫呉?」

「全額僕に賭けて下さい」

 雪斗はうろたえ、あわあわと指を無意味に動かした。

「存分に魅せてさし上げますよ」

 自分の財布を、ぽいと放り投げるようにして雪斗に預ける。

 口上役から受け取った打刀を腰に差し、段上に上がった。

 何故自分を使わぬとうるさい牙月を宥める。数珠ごと手首を握り、ばちばちと鳴く牙月を無理やりに押さえつけた。

 男は細巻きに火をつけ、ふぅと紫呉の顔に煙を吹きかけた。

「可哀そうになあ。お前これからこの顔つぶされちまうんだぜ? チビでクズでブサイクとなったらもう救いようがねえよなあ」

 紫呉は男の口から細巻きを奪い、煙を深く吸い込んだ。はたと男が大きく目を瞠る。ずいぶんと安物の煙草を吸っている事だ。味が悪い。

「安い挑発、ご苦労様です」

 男の顔に煙を吹きかけ、捨てた細巻きを足裏でにじる。

 わなわなと震える男の拳が面白い。馬鹿にしてくれた礼だ。

 さあ、どうやって遊んでやろうか。

 カン、と高く鐘が鳴った。



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