森の住人たちのハロウィン談義
森の中に、そのログハウスはあった。
新幹線の駅から車で一時間ほど。駅前の市街地まで出れば、生活に必要なものはひと通り揃う。森に囲まれた静かな場所だが、買い物に困るほどの田舎ではなかった。
一階の居間に男性二人、女性一人。それに大型犬とその子犬が寝そべっている。
「なあ、今年のハロウィンはどうする?」
ソファに座った茶髪の男、ジンがそう切り出した。
「それは、仮装して参加するかどうかということか?」
黒髪で眼鏡をかけた男、レイがそう問い返した。
「十年くらい前は都会で盛り上がったものだけど、もう危なくて楽しめないわ。乱痴気騒ぎを避けて、地方の商店街の仮装に参加するのは? 楽しいかもしれないわよ」
ソファに腰掛けているエマが、さらりと落ちた髪の毛を耳にかけながら微笑んだ。
「盛り上がり方が健全すぎて、ちょっとなぁ……」
ジンが鼻の頭をかく。
「子どもたちに囲まれて、『その仮装どうなってるの』ってもみくちゃにされるのもいいんじゃない?」
「最近のガキは、お行儀がよすぎる子とクソガキ&クソ親に二分してるからなぁ。あんまり関わりたくないと思わないか?」
「でも、それってSNSで見かけるイメージでしょ? 実際はどうなのか知っておくのもいいと思うわ」
エマがそう言うと、大型犬が賛成だというようにうなずいた。
ジンは降参だというように両手を挙げた。
「だが、俺はあえて都会のハロウィンに行くぜ。地元の商店街で雰囲気を探るのは、来年でも、間に合うだろう」
そう言って、子犬にウィンクをした。
子犬は親犬の尻尾を追いかけるのに夢中で、ジンを無視する。いや、夢中になる振りをして、無視したという方が正しいかもしれない。
「無頼者たちと一緒に暴れまくるのか?」
レイは眼鏡を指で押さえながら、ジンを睨めつけた。
「暴れる奴らを殴りつけるのは、正義の味方ってことで許されるんじゃね? 絡まれて困っている女の子たちを救ってくるよ」
「お前の拳じゃ、殺しかねん。今は、監視カメラどころじゃない。周りにいる人間たちに動画を撮られて、ネットにアップされるぞ」
「あはは。軽く撫でるだけだ。殺しはしないよ。……たまには発散させないと、衝動が怖い」
男たちは視線を絡め合った。
「――まあ、仲間に迷惑をかけないようにな」
レイが折れるかたちで、話がついた。
「じゃあ、私はカボチャを被ろうかな」
エマがジンの腕に抱きついた。
「エマも来る? じゃあ、吸血鬼のコスプレとかどう?」
ジンはスマートフォンで衣装を探し始めた。
「ちょっと。そんなにデコルテが開いていたら、風邪をひいちゃうわよ」
「え~、セクシーでいいじゃん」
ソファで二人がイチャついている。
大型犬が、くあ~とあくびをした。
レイは大型犬の背中を撫でながら、二人の会話に割って入る。
「ジンも吸血鬼のコスプレをする気か? 敵対種族のコスプレをするとは、なかなか悪趣味だと思うぞ」
「平和な日本だからできる、お遊びじゃないか」
ジンがニヤリと口の端を上げた。
「……まあな。この国なら、縄張り争いや生存競争をしないですむ。今のところは――」
レイはぐっと堪えるような、苦しげな顔をした。
「そうだ。BLでαとかΩとか見かけるんだけど、知ってる?」
エマが重くなった空気を混ぜっ返した。
「知らねぇよ」
「元ネタが、狼の群れでの地位だっていう説があるのよ。あれ、吸血鬼の陰謀じゃない?」
「なんでだ?」
ジンがエマの顎に指をかけた。
「知らなければスルーされることも、意識していたら気になるってことあるでしょ。狼人間をあぶり出そうとして……」
「どうかねぇ。俺たちの食糧事情は人間に近いじゃん。異種族が本当に存在するってバレたらヤバイのは、吸血鬼どもの方だろ」
ジンは、スマートフォンで吸血鬼の映画を検索していた。
「α、β、ωという地位があるというのは、飼育下の群れの観察から広まった、アルファ狼のイメージから来ているという説を読んだ。本物の狼の群れだって、野生と動物園では違うかもしれないだろ」
レイがそう説明した。
「だいたい、狼と狼人間が同じ習性を持っているかどうか、私たちだって知らないもんね。猿と人間に共通項があるかどうかっていうのと、同レベルの話よね」
「そうだな。自分たちのことだからって、なんでもわかるわけじゃない」
子犬……子どもの狼がレイの拳を甘噛みした。
「だけど、吸血鬼の方が高貴な血筋っぽいのはなんでだろうなぁ」
ジンがスマートフォンを見ながら嘆いた。
「東欧の貴族がモデルだからじゃないの?」
「狼人間の貴族っていないのかよ?」
スクロールする速さを見ると、求めている情報が出てこないようだ。
「貴族が狼になるって話はないわけじゃないと思うけれど……」
レイが記憶を探るように、天井に目を向けた。
「完全に動物に変身してしまうのが、イマイチなんじゃないか?」
「洋服をどうするかっていう問題が付きまとうもんね。物理法則を考えたら、人間に戻ったときに裸なわけだし。身体が膨らんで服をビリビリに破くとか、野蛮で理性がない感じじゃない」
大型犬――実際は狼の雌なのだが――すんと鼻を鳴らした。彼女はレイのパートナー、いわゆる番だ。
「そのあたりを描写すると、コメディっぽくなるんだよなぁ」
ジンがケラケラと笑う。
「吸血鬼だって、蝙蝠になるのにな」
「あの、黒いマントがキモなんじゃないかしら? そのまま蝙蝠の羽になるから、洋服問題が生じないのよ」
エマがポンと手を叩いた。
「なるほど。ずるいよな。初期設定が格好いいって」
「狼は森の中に住んでいるからさ、労働者っぽいんじゃないか。木こりとかそういうイメージ。吸血鬼は頭脳労働者っぽい」
「貧血で不健康な奴は、森の中じゃ役に立たないよな」
ソファではポンポンと会話が飛び交っている。
「吸血鬼は女性も活躍しているけど、狼人間の女性って『番』としての価値しかないのよね。夫婦円満の象徴というか、良妻賢母みたいな……」
「妖艶に男を誘惑するイメージはないなぁ。だから、セクシーな衣装で誘惑して欲しいかも」
冗談めかしてお強請りをするジンを、エマは聞き流した。
「円満な人間関係じゃ、ドラマにならないのよ」
「妻を愛して、何が悪いんだ」
ジンが唇をとがらせ、拗ねたふりをする。
「いいんだけど。いいことなんだけど……。作品にならないというか」
「日常のほのぼの系ってことでいいだろ」
「でも、大ヒット映画にはならなさそう」
エマは腕組みをして、ソファにもたれかかった。悔しそうな表情を浮かべている。
「最近、すごい人気のアニメ映画って、ほのぼの系だろ? なんか外国でも人気らしいやつ」
ジンが、エマの頬を突く。
「――あんた、観てないでしょ」
「観てない。だって、子ども向けだろ?」
「この三連休で観に行きなさい」
「やだよ。混んでるじゃん」
「行く前に、煮魚を食べていくといいわ」
エマがニヤリと笑う。
「何言ってんだよ。食べるなら肉がいいって」
ジンがそう反論する。
シュンと空気が揺れた。
「映画、観に行きたい!」
狼の脇に、四歳の女の子が立っている。
「ミカ! 人型になるときはお風呂場でって言っているだろう」
レイが慌ててカーディガンを脱いで、ミカを包んだ。
エマは自分の口に手を当て、まずいことを言ってしまったと反省する。
「ミカちゃん。途中でびっくりして狼に戻っちゃうと困るから……そのうち映画サイトで観られるようになるまで、ちょっと待とうか」
「またそれ?」
ミカはほっぺたを膨らませた。
「ちゃんと最後まで人間でいられるもん!」
大人たちは生ぬるい微笑みを浮かべた。
子どもはそう言うよな――と、自分の黒歴史を振り返っているのだ。
「ミカ。ペットの子犬と間違われて、映画館を追い出されるぞ。そんなの嫌だろう?」
ジンが嫌われ役を買って出た。
「ふんだ。みんな大嫌い」
ミカは涙ぐんで部屋に駆けていく。狼はゆっくり立ち上がると、その後を追った。




