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森の住人たちのハロウィン談義

作者: 紡里
掲載日:2026/10/11

 森の中に、そのログハウスはあった。

 新幹線の駅から車で一時間ほど。駅前の市街地まで出れば、生活に必要なものはひと通り揃う。森に囲まれた静かな場所だが、買い物に困るほどの田舎ではなかった。


 一階の居間に男性二人、女性一人。それに大型犬とその子犬が寝そべっている。

「なあ、今年のハロウィンはどうする?」

 ソファに座った茶髪の男、ジンがそう切り出した。


「それは、仮装して参加するかどうかということか?」

 黒髪で眼鏡をかけた男、レイがそう問い返した。


「十年くらい前は都会で盛り上がったものだけど、もう危なくて楽しめないわ。乱痴気騒ぎを避けて、地方の商店街の仮装に参加するのは? 楽しいかもしれないわよ」

 ソファに腰掛けているエマが、さらりと落ちた髪の毛を耳にかけながら微笑んだ。


「盛り上がり方が健全すぎて、ちょっとなぁ……」

 ジンが鼻の頭をかく。


「子どもたちに囲まれて、『その仮装どうなってるの』ってもみくちゃにされるのもいいんじゃない?」


「最近のガキは、お行儀がよすぎる子とクソガキ&クソ親に二分してるからなぁ。あんまり関わりたくないと思わないか?」

「でも、それってSNSで見かけるイメージでしょ? 実際はどうなのか知っておくのもいいと思うわ」

 エマがそう言うと、大型犬が賛成だというようにうなずいた。


 ジンは降参だというように両手を挙げた。

「だが、俺はあえて都会のハロウィンに行くぜ。地元の商店街で雰囲気を探るのは、来年でも、間に合うだろう」

 そう言って、子犬にウィンクをした。


 子犬は親犬の尻尾を追いかけるのに夢中で、ジンを無視する。いや、夢中になる振りをして、無視したという方が正しいかもしれない。


「無頼者たちと一緒に暴れまくるのか?」

 レイは眼鏡を指で押さえながら、ジンを睨めつけた。


「暴れる奴らを殴りつけるのは、正義の味方ってことで許されるんじゃね? 絡まれて困っている女の子たちを救ってくるよ」

「お前の拳じゃ、殺しかねん。今は、監視カメラどころじゃない。周りにいる人間たちに動画を撮られて、ネットにアップされるぞ」


「あはは。軽く撫でるだけだ。殺しはしないよ。……たまには発散させないと、衝動が怖い」

 男たちは視線を絡め合った。

「――まあ、仲間に迷惑をかけないようにな」

 レイが折れるかたちで、話がついた。


「じゃあ、私はカボチャを被ろうかな」

 エマがジンの腕に抱きついた。

「エマも来る? じゃあ、吸血鬼のコスプレとかどう?」

 ジンはスマートフォンで衣装を探し始めた。


「ちょっと。そんなにデコルテが開いていたら、風邪をひいちゃうわよ」

「え~、セクシーでいいじゃん」

 ソファで二人がイチャついている。


 大型犬が、くあ~とあくびをした。

 レイは大型犬の背中を撫でながら、二人の会話に割って入る。

「ジンも吸血鬼のコスプレをする気か? 敵対種族のコスプレをするとは、なかなか悪趣味だと思うぞ」


「平和な日本だからできる、お遊びじゃないか」

 ジンがニヤリと口の端を上げた。

「……まあな。この国なら、縄張り争いや生存競争をしないですむ。今のところは――」

 レイはぐっと堪えるような、苦しげな顔をした。


「そうだ。BLでαとかΩとか見かけるんだけど、知ってる?」

 エマが重くなった空気を混ぜっ返した。


「知らねぇよ」

「元ネタが、狼の群れでの地位だっていう説があるのよ。あれ、吸血鬼の陰謀じゃない?」


「なんでだ?」

 ジンがエマの顎に指をかけた。

「知らなければスルーされることも、意識していたら気になるってことあるでしょ。狼人間をあぶり出そうとして……」


「どうかねぇ。俺たちの食糧事情は人間に近いじゃん。異種族が本当に存在するってバレたらヤバイのは、吸血鬼どもの方だろ」

 ジンは、スマートフォンで吸血鬼の映画を検索していた。


「α、β、ωという地位があるというのは、飼育下の群れの観察から広まった、アルファ狼のイメージから来ているという説を読んだ。本物の狼の群れだって、野生と動物園では違うかもしれないだろ」

 レイがそう説明した。


「だいたい、狼と狼人間が同じ習性を持っているかどうか、私たちだって知らないもんね。猿と人間に共通項があるかどうかっていうのと、同レベルの話よね」

「そうだな。自分たちのことだからって、なんでもわかるわけじゃない」

 子犬……子どもの狼がレイの拳を甘噛みした。


「だけど、吸血鬼の方が高貴な血筋っぽいのはなんでだろうなぁ」

 ジンがスマートフォンを見ながら嘆いた。


「東欧の貴族がモデルだからじゃないの?」

「狼人間の貴族っていないのかよ?」

 スクロールする速さを見ると、求めている情報が出てこないようだ。


「貴族が狼になるって話はないわけじゃないと思うけれど……」

 レイが記憶を探るように、天井に目を向けた。

「完全に動物に変身してしまうのが、イマイチなんじゃないか?」


「洋服をどうするかっていう問題が付きまとうもんね。物理法則を考えたら、人間に戻ったときに裸なわけだし。身体が膨らんで服をビリビリに破くとか、野蛮で理性がない感じじゃない」


 大型犬――実際は狼の雌なのだが――すんと鼻を鳴らした。彼女はレイのパートナー、いわゆる番だ。


「そのあたりを描写すると、コメディっぽくなるんだよなぁ」

 ジンがケラケラと笑う。

「吸血鬼だって、蝙蝠になるのにな」


「あの、黒いマントがキモなんじゃないかしら? そのまま蝙蝠の羽になるから、洋服問題が生じないのよ」

 エマがポンと手を叩いた。


「なるほど。ずるいよな。初期設定が格好いいって」

「狼は森の中に住んでいるからさ、労働者っぽいんじゃないか。木こりとかそういうイメージ。吸血鬼は頭脳労働者っぽい」

「貧血で不健康な奴は、森の中じゃ役に立たないよな」

 ソファではポンポンと会話が飛び交っている。


「吸血鬼は女性も活躍しているけど、狼人間の女性って『番』としての価値しかないのよね。夫婦円満の象徴というか、良妻賢母みたいな……」

「妖艶に男を誘惑するイメージはないなぁ。だから、セクシーな衣装で誘惑して欲しいかも」

 冗談めかしてお強請りをするジンを、エマは聞き流した。

「円満な人間関係じゃ、ドラマにならないのよ」


「妻を愛して、何が悪いんだ」

 ジンが唇をとがらせ、拗ねたふりをする。


「いいんだけど。いいことなんだけど……。作品にならないというか」

「日常のほのぼの系ってことでいいだろ」

「でも、大ヒット映画にはならなさそう」

 エマは腕組みをして、ソファにもたれかかった。悔しそうな表情を浮かべている。


「最近、すごい人気のアニメ映画って、ほのぼの系だろ? なんか外国でも人気らしいやつ」

 ジンが、エマの頬を突く。

「――あんた、観てないでしょ」

「観てない。だって、子ども向けだろ?」

「この三連休で観に行きなさい」

「やだよ。混んでるじゃん」

「行く前に、煮魚を食べていくといいわ」

 エマがニヤリと笑う。


「何言ってんだよ。食べるなら肉がいいって」

 ジンがそう反論する。


 シュンと空気が揺れた。

「映画、観に行きたい!」

 狼の脇に、四歳の女の子が立っている。


「ミカ! 人型になるときはお風呂場でって言っているだろう」

 レイが慌ててカーディガンを脱いで、ミカを包んだ。


 エマは自分の口に手を当て、まずいことを言ってしまったと反省する。

「ミカちゃん。途中でびっくりして狼に戻っちゃうと困るから……そのうち映画サイトで観られるようになるまで、ちょっと待とうか」


「またそれ?」

 ミカはほっぺたを膨らませた。

「ちゃんと最後まで人間でいられるもん!」


 大人たちは生ぬるい微笑みを浮かべた。

 子どもはそう言うよな――と、自分の黒歴史を振り返っているのだ。


「ミカ。ペットの子犬と間違われて、映画館を追い出されるぞ。そんなの嫌だろう?」

 ジンが嫌われ役を買って出た。


「ふんだ。みんな大嫌い」

 ミカは涙ぐんで部屋に駆けていく。狼はゆっくり立ち上がると、その後を追った。


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