表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

フルストーリー

1・・・覚醒

2・・・友人

3・・・契約解除

4・・・死神の小話・只野真魚雄

5・・・死神の小話・只野波江


『人魚になった親子』1


・覚醒


 その女は突如としてやって来た。

「その子を助けたいですか?」

 と言って。

 不治の病で床に臥せっている息子の隣で母親は答えた。

「この命と引き換えにでも助けたい!」

 それを聞いた女は、一冊の書物を差し出した。

「これを読んで実行すれば、どんな病気や怪我もたちまち治ります」

 母親は感動した。藁にも縋る思いでその書物を受け取ろうとした。しかし男は言った。

「但し、これを渡すには条件があります」

「条件とは?」

 条件を聞いた母親は快諾し、書物を受け取り、息子に儀式を施した。すると息子は起き上がり、それまでの病気で具合が悪かった体が嘘のように元気になった。母親は大いに喜んだ。そして女は言った。

「それでは私はこれで。死にたくなったら、その書物に書いてある通りにすれば大丈夫です」

 そう言い残し、女は去って行った。最初、その意味を理解出来ずにいた母親だったが、それを理解するのはそう遠くない未来の話だった。

 平成二十五年。神奈川県。三崎半島。二人の親子が海岸沿いを歩いていた。一人は二十代後半の母親、もう一人は十歳程の息子だった。

「ねぇ、お母さん?今日はどこに行くの?」

「そうねぇ、今日は横浜方面まで行ってみようかしらね」

 二人は日本中を旅していた。

「でももう今日は疲れたよ。何処か宿でも探そうよ」

「そうねぇ。今日はここら辺で終わりにしましょうか」

 親子は近くの宿に泊まり、食事をし、風呂に入った。その時、息子は言った。

「ねぇ。お母さん?」

「何?真魚雄」

「僕達って、いつ死ぬの?」

「死なないわ。これからもずっと、一緒に私といるから」

「そうなんだ。でも、お友達も皆死んじゃって、僕寂しいよ……」

「お母さんがいるんだから寂しくないでしょ?」

「でも寂しいよ……皆と同じ時間を過ごせないって、意味がやっと分かった気がするよ」

「大丈夫。お母さんがいつまでもずっと居てあげるから」

「いっそ死にたいよ……」

 真魚雄がそう呟くと、母親は烈火の如く怒り出した

「何て事言うの!?お母さんの努力を無碍にする気!?」

 あまりの剣幕に真魚雄は「ごめんなさい……」と謝った。しかし母親も謝った。

「ごめんね?別に責めてる訳じゃないのよ?ただ、お母さんは真魚雄に生きていてほしいだけなのよ」

「うん……それは分かってるけど……」

 そこへ、母親の大声を聞いて女将が慌ててやって来た。

「只野様?如何されましたか?」

「いえ、ちょっと口論になっただけです。騒がしくしてしまい申し訳ありません」

「そうでしたか。今日の宿泊客は只野様、波江様と真魚雄様のお二人だけですのでご安心を」

「すみません。ありがとうございます」

「いえ。では私はこれで……」

 波江は自分の言葉の重さを理解していなかった。何故ならこの悪魔契約は、魚座の悪魔との契約は一種の呪いだったからである。自分が選んだ道とはいえ、息子を巻き込んでしまったという事実を素直に受け止めきれずにいた。

 翌朝、波江と真魚雄は宿を出た。そして波江は近くのスーパーでパートをする事にした。そこで面接をされたのだが、訳アリで住む場所が無い上に、履歴書もそこまで有能な技術がある訳でもなく、兎に角金が欲しいだけという単純な理由で「働きたい」と店長に告げた。店長は「折角だし、ウチの社宅に入らないか?」と提案してくれた。そこで幼い息子もいると打ち明けると「それでも構わないよ」と快諾してくれた。「お言葉に甘えて……」と波江は住居と仕事を確保した。これは非常に運が良かった。普段なら門前払いされるところだが、今回に限っては非常に助かる案件だった。

 それから波江と真魚雄は社宅に移り住み、近隣住民に挨拶回りをした。真魚雄の年齢を聞かれると波江は「五歳です」と答えた。一通り挨拶が済んだところで波江と真魚雄は社宅の一室に入った。

「ねぇ?お母さん?」

「何?真魚雄」

「今度はどれくらい居られるかな?」

「さぁねぇ……最近は皆発達が良いから、あまり長くは居られないかもね……」

 真魚雄は「そっかぁ……」と溜め息を吐いた。

 翌日から波江は働きに出た。その間、真魚雄は自室で一人、ただひたすらに波江の帰りを待っていた。

 数日が経ち、休日になった。その時に二人は外を見て回った。すると真魚雄と同い年くらいの見た目の女の子が声を掛けてきた。

「こんにちはー」

 波江は「こんにちは」と答え、真魚雄は黙って隠れてしまった。

「ごめんなさいね?この子、人見知りだから」

「人見知りって何?」

「恥ずかしいの」

「何で恥ずかしいの?」

「いきなり綺麗な子に話し掛けられたら緊張しちゃうの」

「ふぅん……?変なの」

 そこへその女の子の母親らしき人がやって来た。

「真魚美?どうしたの?」

「真魚美……?」

 真魚美と呼ばれる女の子は振り返り「お母さん。この子とお友達になりたいの」と真魚雄を指差して言った。真魚美の母親は「人に指差しちゃ駄目でしょ!?」と叱り付けられ、ションボリしていた。その後、真魚雄は真魚美に向かって歩み寄った。

「僕、真魚雄」

「私、真魚美」

「一文字違い」

「そうだね」

「お友達になってくれる……?」

「うん。お友達になろ?」

「うん」

 それから真魚雄と真魚美は一緒に遊ぶようになった。波江は真魚美の母親と雑談する仲になった

「金城さん」

「美代子で良いですよ」

「じゃあ私の事も波江で構いません」

「分かりました。で、波江さん?何か?」

「いえ。いつも息子と遊んでもらってありがとうございます」

「こちらこそ。真魚美がいつもお世話になってます」

 二人は息子と娘が遊んでいる様子を見守っていた。

「波江さん?」

「何ですか?」

「訳アリって、何なんですか?」

 沈黙が流れた。

「あ、ごめんなさい……!つい気になった事をすぐに聞いちゃう癖で……!」

「いえ、良いんですよ。当然の疑問ですから」

「すみません。忘れて下さい」

「……いえ、真魚雄と遊んで下さるお礼にお教えします。私達は、不老不死なんです」

「……へ?」

 思わず素っ頓狂な声を出してしまった美代子。それを聞いて波江は「普通、そうなりますよね……」と諦めの声を出した。

「忘れて下さい。只の悪ふざけです」

「いや、是非聞かせて下さい」

「何故?」

「不老不死と聞いちゃあ私だって興味を持ちたくなりますよ。どうしたら不老不死になれるんですか?生まれ付きですか?」

「生まれ付きではありません。とある一冊の書物が原因だったんです」

「原因って……まるで呪いのような言い方を……」

「そう、呪いなんです」

「え?」

「呪いです。これは私達に課せられた罰なんです」

「どういう事ですか?」

 波江は語り出した。かつて、昭和初期の時代に息子を授かり、五歳を迎えようとした時に息子は不治の病に罹ってしまった事。そして一人の女が現れ、その書物を授け、去っていった事。更に副作用でどうしても死ぬ事の出来ない体になってしまったという事を。

 それを聞いて美代子は非常に興奮した。

「凄いじゃないですか!それで永遠の若さと死なない体になるだなんて!」

「良くは無いですよ」

「何でですか?」

「『家族や友と同じ時間を歩めない』。そうその悪魔から告げられました」

「……あー、まぁ確かにそうなりますね。でも、皆が不老不死になれば問題無くないですか?」

「……その発想は無かったですね。でも、老いない、死なないだけで、怪我はするし、病気にも罹るんですよ?」

「でも耐性は着くんじゃないですか?病気とかって一度罹ったら抗体が出来ますし」

「その時から成長出来ないんです。つまり、今の抗体持ちのままで永遠を生きる事になるんです」

「えっ……!?じゃ、じゃあその頃に流行っていた病にまた罹っちゃう可能性もあるって事ですか……!?」

「そうです。でも今は皆が抗体を持っていて感染するリスクが減ったのでほぼそこは問題無いですけどね」

「じゃあ私もやってみたいです!その書物は何処にあるんですか!?」

「無いです」

「え?」

「昭和の戦争で燃えてしまいました。なのでお教えする事は出来ません」

「そう、なんですか……ちぇっ。永遠を生きられるチャンスだと思ったのに」

「虚無を生きる事になります。あまり推奨は出来ません」

「生きていれば、絶対に楽しい事が待ってる筈です!その一部始終を体験出来るだなんてとっても幸せじゃないですか!?」

「……その前向きさ、私も見習いたいものです」

「あはは!生きていれば、いつか幸せが訪れる筈です!それは間違いないんですから!」

「だと良いんですけどね……」

「ちなみに死のうと思った事って無いんですか?」

「ありますよ。何度も何度も。今だって、正直死にたい気持ちでいっぱいです」

「じゃあ何故生き続けているんですか?」

「死ぬ方法が分からないんです」

「死ぬ方法があるんですか?」

「はい。あの書物に書いていあったそうなのですが、それを読む前に焼けてしまったんです」

「そうなんですか……大変ですね」

「まぁ、慣れ、ですかね?」

「成程」

 その日は少し心を開いて話せる友人が出来て、波江は幸せになった。


『人魚になった親子』2


・友人


 波江がパートをするようになって一年が経った。その頃から真魚美と真魚雄に明確に対格差が現れるようになった。

 最初こそ半分茶化した様子で聞いていた美代子だったが、一切成長しない真魚雄を見て真剣にこれを考えるようになった。

「あの『魚座の悪魔』とは何なんだろうか?」

 そう思い、自室でノートパソコンを開いて「魚座の悪魔」を検索してみた。すると一件だけヒットした。そこはかつて一世を風靡した、とまではいかないが、その手に詳しい人が集まるオカルトサイトだった。そこには契約方法だけが載っていた。まず部屋を暗くし、床に一メートル四方の魔法陣を書く。その魔法陣は魚座の星座に則った形にし、周りに古代ギリシャ文字を書く。そして自分の血を一リットル抜き取り、それを小瓶に分けて魚座の星座の星の位置に置き、最後に古代ギリシャ語で呪文を唱える。そうする事で目の前に悪魔が現れるらしい。そこで「契約を結びたい」と言えば契約をしてくれるとの事だった。

「もしやここで悪魔に契約解除方法を聞けば良いのでは?」

 と思ったが「実際に悪魔を呼び出す事が出来たとして、その解除方法だけを聞いて素直に帰ってくれるだろうか?」とも思った。どんな悪魔だったかを波江に聞いてみると「巨大な魚」という情報を得た。そして「非常に温厚で、物腰柔らかな悪魔だった」という情報も得た。

「なら聞いてみても良いのでは……?」

 と思いながらも三日間悩んだ。そして一応、自分の命を代償にする事を前提に呼び出してみる事にした。「こんなの馬鹿馬鹿しいな」と思いながらも、実際にやってみると、本当に悪魔が現れた。巨大な魚が海を泳ぐかのようにプカプカと浮いていた。

「私と契約を結びたいのは貴方ですか?」

「あ、いえ。違います」

「ほう?では何故私を呼び出したのですか?」

「私の友人が昔、貴方様と契約をして不老不死になったと聞いています。そこで、悪魔との契約の解除方法を知りたいのです」

「それを聞いてどうするつもりですか?」

「友人に教えます」

「そうですか……人は『生きたい生き物』だとばかり思っていたのですが……良かれと思ってやっていた事なのに、救えずにいて残念です」

「で、どうすれば契約を解除出来るのですか?」

「それは本人に聞いてもらって下さい。私は契約をした方にのみ解除方法を教えるので」

「そ、そうですか……」

「で?貴方は契約をしたいのですか?」

「あのー……非常に申し上げにくいのですが……」

「何でしょうか?」

「このまま契約をしないで終わるって事、出来ますか……?」

「あぁ、何だ。そんな事ですか?大丈夫ですよ」

 美代子は「ホッ」と胸を撫で下ろした。

「ではもう一度この方法で貴方を呼び出せば良いのですね?」

「それは言えません。それを言ったら、本当に解除方法を教えてしまう事になりますから。では私はこれで」

 そう言って魚座の悪魔は消滅した。

「……つまり、この方法で呼べば良いって事だな……?」

 そう解釈して美代子は波江に会いに行った。

「こんばんは」

「あら、美代子さん。こんばんは。どうかされましたか?」

「悪魔との契約解除方法が、分かったかもしれません」

「えっ!?ど、どうやって!?」

「悪魔と直接話をしました。おそらくですが、もう一度悪魔を召喚して、契約を解除したいと言えば良いみたいです」

「そ、そうなんですか……じゃ、じゃあ、死ねる……?」

「確証はありません。もしかしたらの範疇です。ただ、試すだけでも価値があると思います」

「……美代子さん。ありがとうございます」

「いいえ。私の興味で聞いてしまった事ですから、私なりのケジメです」

「そうですか……」

 それだけを伝えて美代子は帰っていった。

「死ねる」

 その言葉を自分で言って、ふと思った。

「怖い」

 その感情があった。いや、本来だったら死ねる喜びを楽しみにするものだが、いざ自殺に近い形で死を受け入れる事は到底出来なかった。

 その日は眠れず、翌日のパートの時間に眠い目を擦りながら仕事をした。その姿を見て美代子は思わず声を掛けてきた。

「大丈夫ですか?波江さん」

「あぁ、美代子さん……大丈夫ですよ」

「昨日の事で悩んでるんですか?」

「えぇ、まぁ……」

「やっと楽になれるんですよ?」

「それは、私に『死ね』と仰ってるんですか?」

「ち、違います!ただ、そういう方法もあるって事をお教えしたかっただけで……!」

「良いんです。皆、そうやって私達に『死ね』と軽い気持ちで言ってきたので」

「だから違います!私は、ただ……!」

 そこに店長が割って入って来た。

「おーい。只野さーん?あれ?何かまずいところに出くわしちゃった……?」

「いえ、何でもありません。何ですか?店長」

「ちょっと話をね。今、大丈夫かい?」

「はい」

 二人は店長室に入っていった。美代子は「生きていてほしい気持ちはある。だけど、死ぬのも救済の一つだと思う」と思っていた。

 店長室に入っていった店長と波江は話をした。

「何ですか?お話とは」

「只野さん。貴方、何者なんですか?」

「何者、と仰いますと?」

「戸籍を調べさせて頂きました。身元確認で行政から連絡が来たので」

「……それで?」

「貴方、只野波江と只野真魚雄君は今からおよそ百年前に生きていた。そうですね?」

「……はい」

「普通なら死んでいる。だから死体が見付かっていなくても、戸籍上は生きている。つまり、貴方達は何らかの方法で生きているか、戸籍を乗っ取ってでも何かをしたい。そうですね?」

「……でも私達の名前なんていくらでも……」

「珍しい苗字と名前です。確証があって聞いてるんです。何故、身分を偽って働こうと思っていたのですか?」

「……偽りじゃありません」

「え?」

「偽りじゃありません。私は、私達はその戸籍に書いてあった、只野波江と只野真魚雄です」

「ど、どうしてそう言えるんですか?何か証拠は?」

「証拠……そうですね……あぁ、そういえば……」

 波江は語り出した。当時の明治時代後半から昭和時代に掛けての出来事を。調べればすぐ分かる事ではあるものの、事細かに、非常にスラスラと語るその様子を見て、店長は信じる事にした。

「分かった。もう良いです」

「ご迷惑をお掛けしました。只今を以って退職させて頂きます」

「え?何でですか?」

「こんな化け物と一緒に働きたくは無いでしょう?なのでここを去ります」

「そんな事言わないで下さい。これからもここで働いては頂けませんか?」

「何でそうまでして私を引き止めたいのですか?」

「不老不死。その秘密を知るまでは帰したくありません」

「……それは私を研究材料にしたいという事ですか?」

「いや、いやいやいや!そうじゃありません!その体に異常が無いか調べてもらったら良いと思って……!」

「秘密を知ってどうしたいんですか?」

「秘密を知りたい気持ちはあります。でも、それ以上に、貴方がここから逃げる必要がある程追い詰められている理由を知りたいんです」

「……金城さんが全て知っています」

「……き、金城さんが?何故?」

「何でも、ネットで検索したら出て来たそうです」

「何て検索すれば良いのですか?」

「おそらく『魚座の悪魔』だと思います」

「魚座の悪魔……?何ですか?それは」

「詳しい事は金城さんに聞いて下さい。では私はこれで」

「あ、ちょ、ちょっと!?只野さん!?今警察を呼びますから、身元を引き取ってもらって……!?」

 「警察」という言葉を聞いた瞬間、波江の顔から血の気が引いた。百年前も、自分達のような存在を普通の人間として扱ってくれる者はいなかった。そして今度は真魚雄まで奪われるかもしれない。そう思うと恐怖心が勝ち、そのまま足早に帰ってしまった。

 店長は終業後に美代子を呼び出し、事情を聞いた。すると「その話が本当なら世界が引っ繰り返る程の医療だぞ!?」と一人盛り上がっていた。しかし美代子は言った。

「生きる事だけが、全てじゃないと思います」

「どういう事です?」

「只野さん、いや、波江さんはずっと悩んでいたそうです。死のうと。でも、今日の様子を見る限り、波江さんは死ぬのが怖くなったんだと思います」

「じゃあ尚更、生きる道を選べば良いじゃないですか」

「それでも辛いんだと思います。前に言ってました。『家族や友と一緒の時間を歩めない』って。だから、もうここらで諦めた方が良いと感じていたんだと思います」

「皆が生き残れば良いだけの話だろう?」

「それは私も前に言いました。でも、生きる事だけで苦痛を味わう人生もある、という事を彼女から感じました」

「……そうか……友人になれると思っていたんだけどな……」

 波江はその日の内に真魚雄を連れて夜逃げした。


『人魚になった親子』3


・契約解除


 夜逃げをした波江と真魚雄。別の場所に移動してもまた暫くして別の場所に移動する日々。

 ふと真魚雄が「もう疲れたよ……」と弱音を吐くと、波江は「やっぱり、死ぬ事がこの子の為になるんじゃないか?」と思うようになった。

 しかし儀式をしようにも部屋が無いし、血を抜く為の道具も無ければ、小瓶も無い。その上、あの時の魔法陣の文字も呪文も覚えていない。どうしようかと路頭に迷っていた。

 そこへ後を追い掛けてきた美代子と店長が現れた。

「波江さん!」

「只野さん!」

「美代子さん、店長……何でここが分かったんですか……?」

「波江さんの鞄のスマートフォンのGPSを頼りに来たんです!」

「以前、最後の給料を払う為に口座番号を聞きましたよね?その時に渡したあのスマートフォンの位置情報を共有する設定だけ残していたんです」

「いつの間に……!?な、何ですか!?私を国に売ろうと言うんですか!?」

「違います!只野さんを助けに来たんです!」

「助けに……?」

「はい!『死ぬ』手伝いをしたいんです!」

「それは……!やっぱり私達に『死ね』と言いたいんですね!?」

「はい。今の私には、それが二人の幸せだと思えたんです」

「は?何でそんな酷い事を言うんですか?」

「それが二人の幸せだからです!」

「だから何で私達の幸せに繋がるんですか……?」

「私はずっと悩んでました……波江さんが一人苦しんでいるのを、また、真魚雄君も一人苦しんでいるところを見て、本当の幸せは何なのかをずっと考えてました」

「金城さんから話を聞いて思ったんです。何も生きるだけが正解じゃない。死ぬ事も人間に、いや、全ての生物に与えられる救済なんじゃないかって」

「そこまで考えて……?な、何でそんなに私達に優しいんですか?私達は化け物なんですよ……?」

「友達だからです」

「えっ……?」

「私は友達だから、波江さんを助けたいです」

「私は友達になりたいから、只野さんを助けたい。それじゃ駄目ですか?」

「……でも、死ぬのは怖いです……!」

「生き物はいつか必ず死にます。いや、死ななきゃいけないんです。じゃないと、自然の摂理から離れてしまって、永遠の地獄を見る事になるんです。そう波江さんが仰ってたじゃないですか」

「私は……!私達は……!」

 そこへ真魚雄が現れた。

「お母さん……?」

「真魚雄……!」

「お母さん。今の話、よく分からなかったけど、僕達は死ななくちゃいけないんだよね?」

「そ、そんな事……!」

 波江は口を噤んだ。そしてそっと真魚雄を抱き締めた。

「真魚雄。死ぬのは怖い?」

「分からない。でも、多分怖い」

「お母さんは怖い……どんな苦しみが待っているのか分からないから……!」

「だけど、このままじゃお母さんが可哀想」

「私が……?」

「うん。だっていつも考え込んでた。僕達の将来について」

「それは……当たり前じゃない。貴方が健康でいられるにはどうしたら良いかってずっと考えてたんだもの」

「僕の為じゃなくて、これからは自分の為に生きて?」

「生きる……?」

「そうだよ。もう僕はあの時死んでたんだ。でもこうやって僕の為にお母さんは生きてる。無理して生きてる。それを見るのが、僕は嫌だ」

「真魚雄……」

 波江は決意した。これからは自分の為に生きる。いや、自分の為に死ぬと。

「二人共、ご協力をお願い出来ますか?」

 美代子と店長は「勿論です」と答えた。そして四人はあの社宅に戻った。まだ入居者が見付かっていなかった為、あの波江と真魚雄が住んでいた部屋が空いていた。そこであの儀式を行った。

 目の前にあの巨大な魚の悪魔、魚座の悪魔が現れた。

「私と契約したいのは……って、あら。貴方はこの前の?」

「私と、この子の契約を解除して下さい」

「本当に宜しいのですか?」

「はい。構いません」

「私と契約を解除された場合、この世に貴方方が居たという痕跡は全て無くなります。それでも宜しいですか?」

「痕跡が無くなる?どういう事ですか?」

「そのままの意味です。この世で存在していた証、戸籍、人々の記憶から貴方方が完全に消え去るのです」

「それはどんなデメリットが……?」

「家族と友人を失う、というところですかね。正確には『彼らの人生から貴方方が最初から居なかった事になる』という代償です」

「……でも、もしあの世があるなら、この子と一緒にあの世に逝きたいです!お願いします!契約を解除して下さい!」

「……そこまで言うなら良いでしょう。契約を解除します。この水をお飲みなさい」

 魚座の悪魔は二杯の盃を波江と真魚雄に渡した。

「それを飲めば、貴方方は私との契約を解除出来ます。でも忘れないで下さい。貴方方はもう家族と友人に会えなくなるという事を」

「……はい。真魚雄。飲んで?」

「……うん」

 真魚雄は水を飲んだ。すると体が泡となり、真魚雄はその場から消滅した。真魚雄は最後に微笑みながら「ばいばい」と言って波江との別れを告げた。その瞬間、波江は「真魚雄!」と泣き叫んだが、その名前が、自分の口から零れ落ちるように消えていった。それとほぼ同時に真魚雄が記憶から消えた。

「あ、あれ……?何で私は悪魔契約の解除を……?何か胸が苦しい……涙が止まらない……何かを失った気がする……でも何を……?」

 魚座の悪魔は続けた。

「さぁ、お飲みなさい?これで貴方は死ねますよ」

「い、嫌です!死にたくありません!」

「そうですか。ではまた死にたくなったら私を呼んで下さい。それでは」

 そう言って魚座の悪魔と杯は消滅した。

 美代子と店長は様子を見に来た。

「あれ?死にたいんじゃなかったんですか?」

「そう……だったかしらね……?でも、何で……?何でそう思ったんだろう……?」

「永遠を生きるのが辛いって言ってたって金城君から聞いてましたけど?」

「それは……でも、私、別に死にたくありません。死ぬのは怖いです」

「ですよね……」

「あ、でも何か忘れてる気がします。何だったかな……?」

「それを探す為にも、これからを生きていけば良いんじゃないですか?」

「……そうですね。そうします」

 それから波江は元のスーパーで働く事になった。一年、二年と経ち、美代子の娘、真魚美が小学校に上がった。それを見て波江は「本当に大切な事を忘れている気がする……」と思うようになった。更に、真魚美の成長を隣で見ていく内に涙が止まらなかった。それは感動によるものなのか、悲しみなのかが分からなかった。勿論感動はあった。「波江おばちゃん」と呼ばれ、本当の親戚、家族のように接してくれる真魚美に愛情を抱いていた。ただ、それがどこかずっと引っ掛かっていた。本当に大切なの人は別にいるんじゃないか。その人は何処にいるのか。いついたのか。それが思い出せずにいた。真魚美が笑う度、胸の奥で誰かが一緒に笑っている気がした。 だが、その「誰か」の顔だけは、どうしても思い出せなかった。

 その後、かつての友だった美代子が死に、その遺影を見て波江は涙を流した。また隣で真魚美も泣いており。そこで「嗚呼、自分は皆と同じ時間を過ごせない……友人と二度と会えないと言うのはそう言う事か……」と解釈し、波江は死ぬ事を決意した。悪魔を再び召喚し、契約を解除した。波江は泡となってその場から消滅した。そして、この世から只野波江という人物が存在した痕跡は、静かに消え去ったのだった。


『人魚になった親子』4


・死神の小話・只野真魚雄


 真魚雄は目を覚ました。そこは暗い場所で、辺りには何も無く、先も見えない。だが地面はあるという不思議な場所だった。ボーッとする頭を抑えながら立ち上がると、自分にスポットライトが当たるように光が差し込んだ。そして向こう側にもスポットライトが差し込み、そこには大きな鎌を持ち、黒いフードを被った少年が立っていた。

「やぁ、君を迎えに来たよ」

「お兄ちゃんは……?」

「死神さ」

「死神?」

「そう、死神」

「死神って何?」

「あー、まぁ、何だ。死んだ君を迎えに来た天使様、みたいなものかな?」

「あー。キリスト教の?」

「そうそう」

「そっか……僕、死んだんだ……」

「そう死んだ」

 静寂が流れた。しかし死神が言った。

「さて、ここからは僕の仕事をさせてもらおうかな」

「仕事?」

「そう。仕事。ここでは君の願いを一つだけ叶えてあげる事が出来る」

「願いを、叶える……?」

「そう。生き返らせてくれ、なんてのは無理だけど、可能な範囲でなら何でも叶えてあげるよ」

「そっか……じゃあ、お母さんに会いたい」

「会いたい?誰だい?そのお母さんの名前は」

「えーっと……あ、分かんない……」

「分かんないんじゃ探しようが無いよ」

「そうなんだ……じゃあ、魚座の悪魔をここに呼んでほしい」

「魚座の悪魔様を?」

「うん」

「……まぁ良いだろう。ちょっと待っててね」

 死神は鎌を一振りし、その場から消えた。消えたと思ったらすぐに戻ってきた。そこにはあの魚座悪魔もいた。

「悪魔さん」

「どうされました?坊や」

「僕のお母さんの名前、分かる?」

「ドの人だったかしら……?えーっと、私と契約をした女性って事ですよね?」

「そう」

「多分、只野波江だと思いますが?それが何か?」

「いえ、それが聞きたかっただけのようなんです。魚座の悪魔様」

「?そうですか?奇怪な頼みですね。じゃあ私は帰りますよ?」

「はい。お忙しいところ申し訳ありませんでした」

「いえいえ。では」

 魚座の悪魔は消滅した。

「只野波江……そうだ、お母さんの名前は只野波江だ!思い出した!」

「そうかい」

「ありがとう!死神さん!僕、お母さんの事、思い出せたよ!」

「それじゃあ……」

 死神は鎌を一振りし、光の階段と光の扉を出現させた。

「さぁ、君の願いは叶えた。あの世に逝ってもらうよ」

「分かった。あそこに行けばいいの?」

「あぁ」

「そっか。ばいばい。死神さん」

「あぁ。ばいばい」

 真魚雄は光の階段を上っていった。

「ねぇ。お母さんもあの世に来るの?」

「多分ね」

「じゃあ待ってようっと!ばいばーい!」

「ばいばーい」

 真魚雄は光の扉をくぐり、消滅した。

 死神は一枚の紙を取り出した。

「えーっと、次は……戸籍不明の女性ね」

 死神は鎌を一振りし、その場から消えた。


『人魚になった親子』5


・死神の小話・只野波江


 波江は目を覚ました。そこは暗い場所で、辺りには何も無く、先も見えない。だが地面はあるという不思議な場所だった。ボーッとする頭を抑えながら立ち上がると、自分にスポットライトが当たるように光が差し込んだ。そして向こう側にもスポットライトが差し込み、そこには大きな鎌を持ち、黒いフードを被った少年が立っていた。

「やぁ、君を迎えに来たよ」

「貴方は……?」

「死神さ」

「死神?」

「そう、死神」

 波江はゆっくりと立ち上がり、深呼吸した。

「悪魔がいたんですもんね。死神くらいいますよね」

「理解が早くて助かるよ」

「私は悪魔と契約した事があります。私が行くのは地獄ですか?」

「いいや。地獄じゃない」

「じゃあ天国?まさかね」

「天国でもないね」

「じゃあどこに?」

「それは逝ってからのお楽しみ。まぁ詰まる所、天国も地獄もあの世では一緒なんだよ」

「ふぅん……?」

「ところで君は誰だい?」

「私ですか?只野波江ですが……?」

「おかしいな……そんな人間の戸籍は無かったんだけど……」

「戸籍が無い?そんなまさか」

「まぁ良い。さて、ここからは僕の仕事をさせてもらおうかな」

「仕事?」

「そう。仕事。ここでは君の願いを一つだけ叶えてあげる事が出来る」

「願いを、叶える……?」

「そう。生き返らせてくれ、なんてのは無理だけど、可能な範囲でなら何でも叶えてあげるよ」

「そう……じゃあ、私が一番忘れちゃいけないモノを思い出させてほしいです」

「具体的に何を忘れているんだい?」

「具体的……?こう、何か、名前と言うか、顔と言うか……?」

「……あぁ、もしかして只野波江って只野真魚雄の母親?」

「只野……真魚雄……!?」

 死神は鎌を一振りし、光の球体を出現させた。そこには真魚雄が映し出されていた、

「……これ?」

「……そう!そうよ!この子よ!私はずっと忘れていた!私は真魚雄を救いたくて悪魔と契約したの!それを何で忘れていたんだろう……!?」

「おそらく魚座の悪魔様の副作用だね。悪魔契約の解除と共に、代償を支払ったんだよ」

「そう……だったんですか……ごめんね、真魚雄……!」

「で?願いは?」

「え?今のが願いだったんですけど……?」

「これはたまたま僕が思い出したことを口にしただけさ。他にもあるだろう?」

「そうですね……真魚雄に会いたいです」

「それは向こうに逝ってからいくらでも会えるよ」

「そうなんですか?えーっと、じゃあ……」

 波江は少し考えた。その間、死神は辺りをテクテクと歩いて時間を潰した。そして波江は思い付いた。

「私と真魚雄の戸籍は無くなっているんですか?」

「あぁ。多分ね」

「じゃあ、私達が生きた証に、銅像を建てて下さい」

「銅像を?」

「はい。日本の海ならどこでも良いです。そこに私達の銅像を設置して下さい」

「そんなので良いの?」

「良いんです。それだけでも大きい願いです」

「そう?じゃあちょっと待っててね」

 死神は鎌を一振りし、三崎海岸沿いに一つの銅像を建てた。それは波江と真魚雄が仲良く抱き合っている家族愛に溢れた銅像だった。

「これで良い?」

「はい。これで十分です」

「そう。じゃあ……」

 死神は鎌を一振りし、光の階段と光の扉を出現させた。

「さぁ、君の願いは叶えた。あの世に逝ってもらうよ」

「分かりました」

「あそこに行けば、あの世に逝けるよ」

「何から何までありがとうございました。死神さん」

「これが仕事なんでね。さ、逝きな」

「はい」

 波江は光の階段を上っていった。すると光の扉がひとりでに開き、そこから真魚雄、美代子、店長が現れた。

「お母さん」

「真魚雄!?それに皆も……!?」

 真魚雄あ波江に抱き着いた。

「これであの銅像と一緒だよ」

「そうね……!ごめんね……!?辛い思いをさせて……貴方を忘れてしまって……!」

「良いんだよ。お母さんがちゃんとこっちに来てくれただけで僕は嬉しいんだ」

「波江さん」

「只野さん」

「美代子さん。店長。貴方達はどうしてここに?」

「何か、真魚雄君と会って色々思い出したんです。そういえば、波江って友人がいたなって」

「私も同じです。これからは私の事も友人として見て下さい」

「勿論です!皆さんは私の掛け替えのない友人です!」

 一同は笑い合った。

「さぁ、逝こう?あの世へ」

「そうね。あ、ちょっと待っててね?」

「うん」

「死神さん?」

「何?」

「これは貴方が仕組んだ事なんですか?」

「さぁてね。偶然、目の前を三人が歩いていたから捕まえただけだよ」

「そうですか。ありがとうございました」

 死神はそっぽを向き手で「シッシッ」とジェスチャーをした。

「ねぇ。向こうはどんな所?」

「それは逝ってからのお楽しみ!」

「あら。あの死神さんと同じ事を言うのね」

 四人は光の扉をくぐり、消滅した。

「魚座の悪魔様も意地の悪い……戸籍を消されちゃあ僕達の意味が無いじゃないか」

 死神は鎌を一振りし、その場から消えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ