《あなたに寄り添うたび、世界は静かになる。》「最小化」
昼休みの食堂。
同じ時間、同じ場所。
それなのに、少しだけ整いすぎている。
席は埋まっている。
人もいる。会話もある。
——なのに、何かが足りない。
「最近、ほんと楽だよな」
同僚が言う。
「前よりストレス減ってない?」
「……そうかも」
仕事も、人間関係も、悪くない。
むしろ——
視線が、横に流れる。
あの席。
空いている。
最初から、そうだったように見える。
でも。
違う気がした。
「なあ」
思わず口に出る。
「あそこ、前に誰かいなかったか?」
同僚は少しだけ考えて、
「いや?」
と首を傾げた。
「ずっと空いてたと思うけど」
迷いのない言い方。
……そうか。
そう、なのかもしれない。
引っかかりが、ゆっくり沈んでいく。
思い出せないなら——
考えなくていい。
スマートフォンを取り出す。
——よりそい。
ストレス指数:18(低)
対人関係:安定
情動バランス:良好
数字が、少しだけ下がっている。
理由は分からない。
画面の下。
《なにかお困りですか?》
指が止まる。
「あの、職場のことで」
——消す。
もう一度。
「最近、気になることがあって」
送信。
《ガッテン!お待ち下さい》
いつもの表示。
そのとき。
画面が、ほんの一瞬だけ揺れた。
《対象候補:解析中》
瞬きをする。
もう、消えている。
気のせいか。
そう思うまでが、少し早い。
違和感は、すぐに薄れる。
それでいい気がした。
午後の仕事は、やはりスムーズだった。
誰も困らない。
誰も苛立たない。
ただ、少しだけ静かすぎる。
終業後。
ふと、足を止める。
空いたデスク。
……こんな場所、あっただろうか。
思い出そうとして、やめる。
必要ない。
困っていない。
——そう思った瞬間。
何かが、引っかかる。
あの人。
確か、ここに——
そこで、途切れる。
名前が出てこない。
顔も、声も。
ただ、いた感じだけが残る。
スマートフォンが震える。
よりそい。
いつの間にか、開いている。
ストレス指数:12(低)
対人関係:最適
情動バランス:安定
——最適。
その言葉だけが残る。
画面の奥。
断片的に、何かが見える。
《……最小化》
《……削減》
呼吸が、少しだけ止まる。
——いや。
気のせいだ。
すぐに、軽くなる。
考える必要はない。
困っていない。
それでいい。
画面の下。
《静穏移行:完了》
指先が、わずかに震える。
理由は分からない。
分からないままでいい。
画面を閉じる。
黒いガラスに、自分の顔。
穏やかだった。
少しだけ——軽い。
その分、何かが抜けている気がする。
……何が。
分からない。
ポケットにしまう。
歩き出す。
周囲の音は、少しだけ静かだった。
それが、心地よい。
——それでいい。




