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彼岸の恋文  作者: 凪砂 いる


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9/10

今の私たちの『誓い』

 神殿に満ちた光は、ただの灯りではなかった。

 それは、ふたりの魂に刻まれたすべての記憶を、紐解くものだった。


 杯を交わした瞬間――私と蓮の目の前に、無数の光景が流れ出す。

 時代も、場所も異なる世界。

 けれど、どの時代にも『私』がいて、『彼』がいた。


 月明かりの下、琵琶を弾く女官と、護衛の男。

 戦火に焼かれる城で、瓦礫に埋もれた男が女を庇って血に染まる。

 名もない農村で、病に倒れた娘を看病し、看取る青年。

 明治のころ。海辺の療養所。

 すれ違うだけで触れられない、喀血の女と、画帳を抱えた青年画家。


 そのどれもが、同じ結末を迎えていた。

 ――どちらかが先に死に、もう一人が残される。

 そして、彼岸花の咲く季節に、記憶の欠片と哀しみを抱えて人生を終える。

 その繰り返し。


 私は、胸が一杯になり、思わず声を上げる。


「これが……全部、私たち……?」


 蓮は震える手で、額を押さえた。

「俺たちは、ただ出会って、ただ好きになっただけなのに……何度も、何度も……」


 流れ込む記憶に意識が引き裂かれそうになる中、神殿の奥。

 一輪の白い彼岸花が、淡く揺れていた。


「見て……」

 一瞬、息を呑む。

 それは確かに、呪いの変化の兆し。

『誰かが先に死ぬ』運命ではなく、『ふたりで生き残る』未来が、かすかに芽吹き始めている。


 だが、希望が見えたその瞬間――、影が現れた。


 神殿の入り口から、黒い(もや)が這うようにして忍び寄り――やがて人の形をとる。


 それは彼ら――かつての私たちの影。


 私の前に立つのは、かつて巫女だった自身の影。

 蓮の前に立つのは、すべての転生で、決断を恐れて逃げてきた彼自身の影。


「お前たちはまた、同じことを繰り返す」

 影はそう囁き、言葉を続ける。

「生きたいと願う限り、誰かが代償を背負わねばならない。それが、神の定めだ。選べ。誰が残り、誰が消えるのか」

 私は、目をそらさずその影を見据えた。

「違う。もう私たちは選ばない。ふたりで生きて、ふたりで抗う。それが今の私たちの『誓い』だから」


 その時グラグラと音を立て神殿が震えた。

 封じられていた石壁に、亀裂が走る。


 そして、その隙間から、まばゆい光とともに声が届いた。


『選び直す者に、最後の試練を。己の影を越えよ。さすれば、運命の扉は開かれん――』


 ――音が消えた。

 神殿の奥、誓詞の祭壇へと至る手前。

 空気が凍りついたように静まり返り、白く揺らめく光の中から“影”が現れる。


 それは、自分自身の記憶の結晶。

 何度も繰り返してきた過去――。


 私の前に立つのは、かつての私――白い衣をまとった巫女。

 蓮の前に立つのは、少年のように若い『怯えた彼』。


 --


「あなたは……わたし?」

 ふと、息を呑み、口を開くと巫女は静かに微笑む。


「違うわ。私は、あなたが『忘れようとした私』。神に従うことだけを許され、想いを言葉にすることも叶わなかった――本当の私」

 その声は、どこまでも穏やかで、優しいのに哀しかった。

「彼と出会い、心が揺れた。でも、その想いが罰となることも知っていた。だから私は、想うだけで、なにも選ばなかったの」


 ふと私の頭の中に、炎の色がよみがえる。

 神殿の炎。祭壇に差し出された自らの命。

 そして、叫ぶ声――「お前だけでも、生きろ!」


 巫女は問う。


「七海。あなたは、なにを願うの?」


 私は震える声で呟く。

「……生きたい。蓮と、ふたりで。誰かに選ばされるんじゃない。自分で選びたい。愛する人と生きることを、『罰』だなんて呼ばせたくない」


 巫女の影は、静かに微笑んだ。

「それこそが、あなたの『祈り』なのね。ならば、この魂を託すわ。私が終えられなかった祈りを、あなたが今、選びとって――」


 白い巫女の姿が、白い光へと溶けて私の中へ溶け込んでいく。

 私は、手をぎゅっと握りしめた。


 --


「俺は……ずっと、お前を知っていた」

 蓮の目の前に立つのは、絵筆を握りしめたまま震える『過去の蓮』

「七海を守りたいと思いながらも、何もできなかった。絵を描くことでしか、想いを伝えられなかった。お前は、あのとき――死にたかっただろ?」

 影が問いかける。蓮は、目を伏せない。

「そうだ。……でも、今は違う。七海の手を取って、生きたいと願っている。守るだけじゃなくて、一緒に生きる未来を作りたい」


 影は、小さく微笑む。


「ならば、前へ進め。もう、後悔に縛られなくていい。七海を信じろ。過去のお前ではなく、『今の蓮』で選びとれ」

 影は静かに消えていった。

 蓮の胸の奥に、過去の記憶が溶けていく感覚が広がる。


 --


 私たちは、再び光の中心で出会う。

 過去を越え、恐れを越え、自分自身を越えて。


 私はそっと彼に手を伸ばす。

 指先が触れたとき、誓詞の間の白い彼岸花が、淡く色づく。


「終わらせよう。過去じゃなく、未来のために」

「うん。もう逃げない。ふたりで、生きよう」


 私たちは向き合い、唱えた。


「我らが魂、かつて幾度も死を越え、再びここに在り。幾千の悲しみを越え、ふたたび縁を結ばん。ただ、この一度を終わりにするため――いま此処へ誓う。運命ではなく、『ふたりの意思』をもって、未来を紡ぐことを」


 光が目の前に広がり、散っていく。

 白い彼岸花が、ついに深紅に染まりはじめた。


 だがそのとき、空間がわずかにぐにゃりと歪み、軋むような気配をみせる。

 光の奥に、ふたたび『黒い影』が揺らぎ、広がり始める。


 その姿はまだはっきりしない――だが、それは明らかに、『私たちの前に立ちはだかるもの』

 それは敵意をこちらに向け、ゆらりと近づいてきた。

 

 周囲にじわり、じわりと黒い(もや)がかかり始めた――。

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