輪廻を終わらせるために
蓮のアトリエ。
静寂のなか、風がふわりとカーテンを揺らしていた。
私は彼の横に腰を下ろし、机の上に広げられたスケッチブックを見つめていた。
そこには、これまで蓮が描き続けてきた女性の姿。時代も身につけている衣装も異なるのに、どれも、私によく似ていた。
「やっぱり……私たち、ずっと同じことを繰り返してるのかな」
私の問いに、彼は目を伏せる。
「出会って、惹かれあって、でも――引き裂かれる」
彼の言葉は、どこか哀しみを帯びていた。
「神に逆らった罰……それが本当なら、どうすれば終われるんだろう」
私は静かに呟く。
「終わらせたいよね、この呪いみたいな輪廻を」
彼はその言葉に静かに頷いた。
「ただ運命に流されるだけなら、何度生まれ変わっても同じことの繰り返しだ。……でも、今回は違う気がしてる」
「どうして?」
「君が、ここにいるから。ちゃんと『目覚めた』君が」
私は言葉をしばらく探し、口を開く。
「……私ね、夢の中で、最後に火の中から手を伸ばしてた。あなたに届かなかったあの手を、今なら――」
その言葉の途中で、突如、頭の中に光が走る。
映像が流れ込むように、次の『記憶』が私の中に入ってくる。
砂埃舞う戦場。
七海は異国風の衣を纏い、砦の中にいた。
弓を手に立つ私の傍らには、蓮に似た男がいた。
「ここを守れば、未来が変わる。もう、お前を死なせたりしない」
しかし、敵の軍勢が押し寄せ、砦は陥落。
「――逃げろ!」
そう叫んだ彼は刃に貫かれ、血に染まり、そしてその場に崩れ落ちる。
またしても、『守ろうとした人』が、私の前で命を落とす。
気がつくと私の呼吸は荒くなっており、目は見開き、乾燥していた。
私の姿に彼が気が付き、手を握る。
「また……思い出した。別の時代。でも……やっぱり、あなたが私を守ろうとして――」
「そして、死んだ」
彼は低く呟いた。
私は握られた彼の手を強く握り返す。
「もう、終わりにしよう。私たちの選んだ『愛』が罰なら、それを正面から受け止めて、乗り越えよう」
「……呪いを解く方法、探そう。一緒に」
彼の目がしっかりと私の目を見る。
「輪廻の中で出会ってきた意味を、無駄にしないためにも」
その時、私たちの間に流れる時間が、少しだけ変わった気がした。
ただ運命に翻弄されるだけではなく、意志の力で、『輪廻の輪』を断ち切る方法を探す旅が、ここから始まる――。
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その後、私たちは輪廻を断ち切るための手がかりを探していた。
重い空気の中、私はぽつりと呟く。
「――どこから探せばいいんだろう」
蓮はゆっくりとカバンを開け、スケッチブックを取り出した。
一枚のページに描かれていたのは、竹林の奥にひっそりと佇む一軒家。
「……昨日、急に浮かんだんだ。夢でもないのに、映像のように」
私はその絵を見て、ふと何かが思い浮かんだ。
「竹林……この近くの小学校の裏山にある。でも、家なんて聞いたことない。でも――行ってみれば、何かわかる気がする」
裏山の竹林は、昼間なのに薄暗く、空気がひんやりと湿っていた。
風が吹くたび、竹の葉が擦れ合い、不思議なささやきを耳元で繰り返す。
やがて、視界の奥に『この世のものではない』ような家が現れた。
色あせた外壁、ゆがんだ屋根。しかし、どこか懐かしさを誘う気配が漂っている。
「――不思議な家……でも、落ち着く」
意を決し、私たちは重い扉を開く。
中は静まり返り、カチ……カチ……と古い時計の音だけが響いていた。
そこに、一人の老人が立っていた。
白い髭、深い皺、そして不思議に澄んだ瞳。
「珍しい。お客さんかね」
「――すみません、つい勝手にお邪魔してしまって」
「なに、構わんよ。お茶を淹れるからふたりとも、そこにかけなさい」
勧められるままソファに腰を下ろすと、古びた布地は柔らかく、丁寧に手入れされていた。
温かな紅茶を一口飲むと、香りが胸の奥まで染みていく。
「ここは、記憶のはざま。子どもたちの間では『謎の時計屋』と言われておる。二人とも、ここに迷い込んだということは何か事情がおありだろう?」
蓮はスケッチブックを差し出し、これまでのことを語った。
「――やはり、そうか」
事情を聞いた老人は静かに頷きながら続けた。
「それなら、『秋焔の丘』へ行きなされ。そこに全ての答えがある」
「秋焔の丘……?」
「かつて巫女が生贄として捧げられたという地。季節外れに彼岸花が咲くとき、扉が開くと言われておる」
老人に礼を言い、家を出ようとしたとき、ふと呼び止められた。
「これを、持っていきなさい」
老人は懐中時計を取り出し、蓮に手渡した。
「そして、忘れなさんな……時間は、記憶を繋ぐ。心と心を、繋いでいく――」
家を出た瞬間、光のようなものが私たちの視界を塞いだ。
視界がひらけたとき、既に老人の家はそこにはなかった。
残されたのは、手の中の懐中時計と――「秋焔の丘」という言葉。
彼はスケッチブックを開き、静かに呟いた。
「これ……もしかして」
彼は一枚の絵を取り出した。




