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彼岸の恋文  作者: 凪砂 いる


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5/10

輪廻を終わらせるために

 蓮のアトリエ。

 静寂のなか、風がふわりとカーテンを揺らしていた。


 私は彼の横に腰を下ろし、机の上に広げられたスケッチブックを見つめていた。

 そこには、これまで蓮が描き続けてきた女性の姿。時代も身につけている衣装も異なるのに、どれも、私によく似ていた。


「やっぱり……私たち、ずっと同じことを繰り返してるのかな」


 私の問いに、彼は目を伏せる。


「出会って、惹かれあって、でも――引き裂かれる」

 彼の言葉は、どこか哀しみを帯びていた。

「神に逆らった罰……それが本当なら、どうすれば終われるんだろう」


 私は静かに呟く。

「終わらせたいよね、この呪いみたいな輪廻を」


 彼はその言葉に静かに頷いた。


「ただ運命に流されるだけなら、何度生まれ変わっても同じことの繰り返しだ。……でも、今回は違う気がしてる」

「どうして?」

「君が、ここにいるから。ちゃんと『目覚めた』君が」


 私は言葉をしばらく探し、口を開く。

「……私ね、夢の中で、最後に火の中から手を伸ばしてた。あなたに届かなかったあの手を、今なら――」


 その言葉の途中で、突如、頭の中に光が走る。

 映像が流れ込むように、次の『記憶』が私の中に入ってくる。


 砂埃舞う戦場。

 七海は異国風の衣を纏い、砦の中にいた。

 弓を手に立つ私の傍らには、蓮に似た男がいた。


「ここを守れば、未来が変わる。もう、お前を死なせたりしない」


 しかし、敵の軍勢が押し寄せ、砦は陥落。


「――逃げろ!」


 そう叫んだ彼は刃に貫かれ、血に染まり、そしてその場に崩れ落ちる。

 またしても、『守ろうとした人』が、私の前で命を落とす。


 気がつくと私の呼吸は荒くなっており、目は見開き、乾燥していた。

 私の姿に彼が気が付き、手を握る。


「また……思い出した。別の時代。でも……やっぱり、あなたが私を守ろうとして――」

「そして、死んだ」


 彼は低く呟いた。

 私は握られた彼の手を強く握り返す。


「もう、終わりにしよう。私たちの選んだ『愛』が罰なら、それを正面から受け止めて、乗り越えよう」

「……呪いを解く方法、探そう。一緒に」


 彼の目がしっかりと私の目を見る。


「輪廻の中で出会ってきた意味を、無駄にしないためにも」


 その時、私たちの間に流れる時間が、少しだけ変わった気がした。

 ただ運命に翻弄されるだけではなく、意志の力で、『輪廻の輪』を断ち切る方法を探す旅が、ここから始まる――。


 ---


 その後、私たちは輪廻を断ち切るための手がかりを探していた。

 重い空気の中、私はぽつりと呟く。

 

「――どこから探せばいいんだろう」

 

 蓮はゆっくりとカバンを開け、スケッチブックを取り出した。

 一枚のページに描かれていたのは、竹林の奥にひっそりと佇む一軒家。

「……昨日、急に浮かんだんだ。夢でもないのに、映像のように」

 

 私はその絵を見て、ふと何かが思い浮かんだ。

「竹林……この近くの小学校の裏山にある。でも、家なんて聞いたことない。でも――行ってみれば、何かわかる気がする」


 裏山の竹林は、昼間なのに薄暗く、空気がひんやりと湿っていた。

 風が吹くたび、竹の葉が擦れ合い、不思議なささやきを耳元で繰り返す。

 やがて、視界の奥に『この世のものではない』ような家が現れた。

 色あせた外壁、ゆがんだ屋根。しかし、どこか懐かしさを誘う気配が漂っている。


「――不思議な家……でも、落ち着く」

 意を決し、私たちは重い扉を開く。

 中は静まり返り、カチ……カチ……と古い時計の音だけが響いていた。

 そこに、一人の老人が立っていた。

 白い髭、深い皺、そして不思議に澄んだ瞳。

「珍しい。お客さんかね」


「――すみません、つい勝手にお邪魔してしまって」

「なに、構わんよ。お茶を淹れるからふたりとも、そこにかけなさい」


 勧められるままソファに腰を下ろすと、古びた布地は柔らかく、丁寧に手入れされていた。

 温かな紅茶を一口飲むと、香りが胸の奥まで染みていく。


「ここは、記憶のはざま。子どもたちの間では『謎の時計屋』と言われておる。二人とも、ここに迷い込んだということは何か事情がおありだろう?」


 蓮はスケッチブックを差し出し、これまでのことを語った。


「――やはり、そうか」

 事情を聞いた老人は静かに頷きながら続けた。

「それなら、『秋焔(しゅうえん)の丘』へ行きなされ。そこに全ての答えがある」

秋焔(しゅうえん)の丘……?」

「かつて巫女が生贄として捧げられたという地。季節外れに彼岸花が咲くとき、扉が開くと言われておる」


 老人に礼を言い、家を出ようとしたとき、ふと呼び止められた。

「これを、持っていきなさい」

 老人は懐中時計を取り出し、蓮に手渡した。


「そして、忘れなさんな……時間は、記憶を繋ぐ。心と心を、繋いでいく――」


 家を出た瞬間、光のようなものが私たちの視界を塞いだ。

 視界がひらけたとき、既に老人の家はそこにはなかった。


 残されたのは、手の中の懐中時計と――「秋焔(しゅうえん)の丘」という言葉。

 彼はスケッチブックを開き、静かに呟いた。

 

「これ……もしかして」

 彼は一枚の絵を取り出した。

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