表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彼岸の恋文  作者: 凪砂 いる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/10

選び取った先に咲く未来

 誓詞の儀が終わったはずの神殿に、暗雲のような気配が広がっていた。


「……あれは……」


 七海が声を震わせた。

 光の中に、黒く(うごめ)く『影』が現れる。

 それは、ただの影ではなかった。

 過去すべての転生で、ふたりが抱いていた 恐れ・後悔・断念の結晶。


 怒りでも、悲しみでもなく――『逃げ出した心』が生み出した影だった。


「選べないなら、お前たちはまた繰り返すだけだ」

「愛など偽り。生きる意味は、すぐ崩れる」

「お前たちは、終わらせる覚悟など持っていない」


 影が声を放つたび、過去の記憶が走馬灯のように流れる。

 古代の神殿。炎に包まれる記憶。

 戦で引き裂かれた時代、誰かを庇って倒れた命、儀式を拒んで別れた夜――。


 蓮が苦しげに顔を歪める。私の腕を掴みながら口を開く。


「……あれは、俺たち自身だ。見ないふりをしてきた『弱さ』そのものだ」

 私は瞳を伏せ、そっと囁く。

「でも、弱さがあるから願えた。諦めたくないと思えたのも、蓮と何度も――心を交わせたから」

 その瞬間、七海の胸元で光る『護符の短剣』が淡く輝く。


 淡い光がふたりを包む。

 神殿の中央に、最後の『選択の台座』が現れる。

 その中央には、古文書に記されていた『白い杯』があった。


『解呪の儀の最後、ふたりは魂の選択を迫られる。杯を選ぶ者は『残る者』。選ばなかった者は――この輪廻から解き放たれ、彼岸の向こうへと還る』


 つまり、まだ『代償』は終わっていなかったのだ。

 ひとりが残り、もうひとりはこの世界から去らねばならない――。


「そんなの……」

 私の胸の奥で糸のようなものが張り詰め、軋む。

「ふたりで生きたいって、誓ったのに……またどちらかを失うなんて……」


 彼はしばらく黙っていたが、目を伏せて杯に手を伸ばしかける。

「だったら、俺が――」

「……だめ!」

 私は思わず叫ぶ。

「それは違う……誰かが『犠牲』になる未来じゃ、意味がない。選ぶべきは『共に生きる』ことのはず」


 その時、私の目から溢れた涙がひと粒、杯の中に落ちた。

 次の瞬間、光が杯を満たし、白い彼岸花が燃えるように赤く染まる。


 台座に刻まれた文字が、ゆっくりと浮かび上がった。


『ふたりの想いが揃う時、選択は変わる。共に生きたいと願う心こそが、呪いを解く鍵となる』


 蓮が私の手を握りしめ、強く告げる。

「これが……俺たちの答えだ」


 影がふたりを取り囲むように揺らめいたが――もはやその気配は、脅威ではなかった。

 私たちの前に立つ『影の自分』たちは、次第に淡くなっていく。

 まるで、私たちに何かを託すかのように。


「ありがとう……そして、さよなら」


 私のその言葉に、すべての影が光へと還っていった。


 天井の裂け目からやわらかな白い光がさしこみ――神殿の柱が、静かに崩れていく。

 この儀式のすべてが終わった証だった。


「これで……終わったの?」

「いや……始まったんだ。ようやく、俺たちの時間が」


 ふたりは手を取り合い、神殿をあとにする。

 外には、季節外れの――真っ赤な彼岸花畑が広がっていた。


 そして、風に揺れるその中心には――一本の、白い彼岸花が咲いていた。


 ---


 季節外れの冷たい風が吹く、静かな朝。

 私は、カーテン越しに差し込む光で目を覚ました。


 私たちは、自分たちで家を選び引っ越した。

 その小さな家には、秋になると庭に彼岸花が咲く。

 隣には、眠そうに目をこする蓮の姿。

 その寝癖すら愛しく思えたのは、ふたりの時間がもうすっかり『日常』になった証だった。


「おはよう、蓮」

 眠そうな声で囁くと、蓮はぱっと目を開けて笑う。

「七海……やっと、君に会えたね」

 私はふふっと笑いながら、言葉を返す。

「ここにいる。ずっとね」


 私たちの指が絡み合い、離れることのないようにぎゅっと握り合う。

 どんな転生も、どんな時代も超えて、今ここにいるこの奇跡を噛み締めながら。


「まだ、夢を見てるみたいだ。何度も、何度も、生まれ変わって探し続けて……やっと見つけたよ」

 蓮の声は、嬉し涙で震えていた。

「私も。もう離さない」

 私も胸がじんわりと熱くなるのを感じながら、笑顔で答える。


 言葉は少なくても、全身で伝わる確かな想い。

 運命に翻弄されながらも、今度こそ逃げずに繋がった絆。


 ふたりで暮らすようになって、私たちの生活は変わった。

 私はシフトを日勤だけにして、蓮のアトリエは日の光が差し込む明るい空間に変わった。

 毎朝の朝食のテーブル、笑い合う日々の会話、買い物の帰り道に手をつなぐ。

 そんな些細な日々が、かつて何度も失われてきた『願い』だったことを、私たちは知っている。


「こんな日常が、ずっと続けばいいね」

 アトリエで蓮が絵筆を置き、七海の手を握りながら言った。

 私は心があたたかくなり、笑顔でうなずく。

「うん、ずっと一緒にいようね」


 休日、私たちは朝食を一緒に作り食べる。

 今日は黄色いスクランブルエッグにトースト。そして、キャベツと人参のスープ。

 ひとくち食べるたびに、ふたりでここにいる喜びが全身に広がる。

 

 食事の後、蓮はすっと小さな彼岸花の絵をそっとテーブルに置く。

「この花みたいに、君と僕の幸せもずっと咲き続ける」

 私はふっと微笑み、彼のその手を包み込んだ。


 庭の白い彼岸花が風に揺れ、二人の未来を優しく祝福しているようだった。


 夜、ふたりで寄り添いながら。

「ねぇ、もし私たちの生命が終わったとしても、また会えるのかな?」

 私がぽつりと呟くと、蓮は真剣な眼差しで答える。

「どんな時も、どこにいても、必ず君のそばにいるよ」

 それは、もはや願いではなく、固い約束だった。

 私たちの距離は決して離れない。

 世界が終わっても、心はずっと繋がっている。


「君がいるから、僕は強くなれる」

 蓮が静かにそして呟く。その言葉に宿る意思は、しっかりとしていた。

「私も、蓮とならどんな未来でも歩いていける」

 彼の言葉に、私も微笑みながら言葉を返す。


 その言葉は重くもありながら、軽やかで、まるで愛そのものの温度を宿しているかのようだった。

 私たちは手を取り合い、愛を確かめ合う甘く穏やかな時間を味わった。

 何度も巡り会い、紡いできた物語――それは、輪廻の終わりではなく新しい始まりを紡ぎ始める音。


 ――白い彼岸花が静かに揺れる庭の下、二人は未来を信じて歩み出す。

 これからの『未来』を選び取るために。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ