『煙の向こう側の異世界』第5話 芽吹きの工場
人の知恵と自然の力、そのどちらが真に正しいのか。
この第五話では、アニーが「創る側」から「導く側」へと成長する姿を描きました。
緑の国が芽吹くその瞬間に、人と自然の調和の本質が現れます。
第5話 芽吹きの工場
浮遊車が静かに地上へ降り立った。
風は柔らかく、空気の中にほのかな青葉の香りが漂っている。
目の前に広がるのは、アニーが設計した新しい植物工場だった。
天井まで届く透明 なドームの中では、人工の光が太陽のように照らし出され、幾種もの植物が生き生きと育っている。
「ようこそ、大臣。ここが『芽吹きの工場』です。」
白い作業服のアニーが出迎えた。
彼女の髪の先が微かに光を帯び、周囲の葉がその輝きに反応してわずかに揺れている。
「まるで生きているようだな……」
大輔は、足元の土を踏みしめながら低く呟いた。
「これが、君の理想の形か?」
「はい。自然の仕組みを取り入れながら、人工環境の中で生命を保つ……。
でも、あの木が“記憶の樹”だけは、私にもまだ理解しきれません。」
アニーが指さした先に、一本の大樹が立っていた。
幹は銀のように輝き、枝先からは淡い緑の光が滴り落ちる。
それが「記憶の樹」――過去の植物たちの記憶を蓄え、未来の森を育むといわれる存在だった。
「記憶の樹は、環境の記録装置でもあり、再生の核でもある。だが、扱いを誤れば……」
大輔は葉のきらめきを見つめながら言葉を濁した。
アニーも静かにうなずく。
「ええ、繁殖が止まらなくなれば、食用植物の栽培地が消えてしまう。
森が生き延びるためには、森を制御する知恵が必要なのです。」
その夜、アニーは研究棟に残り、記録装置の調整を行っていた。
風もなく静まり返った夜。ふと、モニターの警告灯が淡く点滅した。
“記憶の樹”の根が、施設の外へと伸びている――。
「……まさか。」
アニーは浮遊板に乗り、夜の森へ向かった。
そこでは、工場の光を反射しながら、大地の奥深くから根が広がり、森の木々に絡みついていた。
その瞬間、風が唸り声のように吹き抜ける。
「我らの森を侵す者は誰だ――」
大地の底から響くような声。
木々がざわめき、葉の波が立ち上がる。
それは「森の精霊」の怒りだった。
森の奥から淡い緑の光が渦を巻き、巨大な樹形が姿を現す。
“記憶の樹”もまた、枝を伸ばし、根を伸ばし広がりを見せる
二つの存在は対峙し、空気が震えた。
まるでこの地全体が息を止めたかのように、夜が光に染まっていく。
「やめて!」
アニーは叫び、二つの間に立った。
「あなたたちは同じ“緑”から生まれたはず! 争えば、この地の命が枯れてしまう!」
だが、二つの存在はなおも唸り、枝が触れ合うたびに雷のような閃光が走った。
その時――アニーの胸元のペンダントが光を放つ。
耳の奥で、静かな声が響いた。
> 「アニー。そなたの心が揺らぐとき、緑は泣く。
> だが恐れるな。わたしは“緑の女神”。森も記憶も、すべては一つの命。
> 今こそ、人の知恵で調和を取り戻すのです。」
「緑の女神……」
アニーの体が光に包まれ、風が彼女の髪を舞い上げる。
大輔が駆けつけた時、彼女の背後に、光の翼を持つ女神の影が見えた。
「アニー!」
「大臣、お願いです。“記憶の樹”を封じずに、共に生かしたい。
それが、緑の国の未来になるはず。」
大輔は一瞬迷ったが、やがて静かにうなずいた。
「君の信じる道を支えよう。緑の女神が託したなら、それが我らの使命だ。」
アニーは両手を掲げ、女神の力を受け取る。
光が二つの巨樹に流れ込み、枝の動きが止まった。
風が穏やかになり、葉が金色の粒子を散らして落ちていく。
「森よ、記憶よ。共に息づき、命をつなぎなさい――」
その言葉とともに、“記憶の樹”と“森の精霊”は互いに光を交わし、ゆっくりと枝と根を元に戻した。
やがて光は消え、夜の森には静けさだけが残った。
大地は安堵のため息をつき、緑の国の空に微かな女神の影が浮かんだ。
翌朝、空は清らかなヒスイ色に染まり、工場の屋根の中には新しい芽育ってる。
人々はその光景を「森の再生」と呼んだ。
しかし、その頃――。
秘書のアイビーは一通の封筒を机に残し、浮遊船に乗り込んでいた。
「黄金国・研究局」の文字。
彼女の瞳には、冷たい光が宿っていた。
アイビーは「緑の国が蘇った? ……面白いわ。でも、均衡は長くは続かない。」
アイビーの影が雲の向こうへ消えるとき、女神の光もまた、遠くで淡く瞬いていた。
新たな波が、静かに始まろうとしていた――。
「芽吹きの工場」は、異世界の均衡を取り戻す第一歩でした。
だが、その陰で動く“黄金国”の影が、次の波乱を予感させます。
次回――『煙の向こう側の異世界』第6話「光の契約」では、
「緑の女神」の深いファンタジーの世界が開かれます。




