第77話 メイドさんとドライブ
飲み会も終盤、お酒を頼むペースも落ちてきた頃、時刻は既に23時を回っている。
それなのに脱落者は一人もいないのがすごいところだ。
「そろそろだな」
でろでろに酔った人たちを見ながら、俺はグラスを傾ける。入っているのはもちろん水、明日に酔いを残したくないんだ。
「先輩デザート食べてないですけど、もうお腹いっぱいですか?」
目の前に置かれたミニチョコケーキを見ながら東雲が話しかけてくる。
色んな人が話しかけに来てるのにこいつが一向に席を移動しないから、みんながお参りしに来てたのはちょっと笑ってしまった。
中には酔って手を叩く人までいて、東雲はちょっと引いていた。こういう時の男のノリって酒が入ると訳分からなさに拍車がかかるよな。
「俺はいいかな、食べるか?」
「じゃあありがたく!」
そう言うと彼女はフォークで一刺し、切り分けて食べ始めた。
これがメイドさんだったら一口なんだろうな。
ラストオーダーも終わったためお会計、これだけの人数だから割り勘だろう。
伝えられた金額の2倍、東雲に渡す。ちょうどお札1枚分だし楽でいいな。
「先輩……?」
「あ、それお前の分」
「いえいえ、大丈夫ですよ!今日はみんなでの飲み会ですし」
断ろうとお釣りを差し出す彼女の手を押し戻す。
「今まであんまり先輩らしいことできなかったから、今日はとりあえず」
「そうやって他の後輩にもしてるんでしょ!」
にこにこと笑いながら靴を履く東雲。
「お前しかいねぇよ今まで後輩は」
「そうなんですか?」
「うん、あれから異動した先は同期とか先輩ばっかりだし」
「んん、じゃあこれは記念に取っとかなきゃですね!」
大事そうに財布を見つめてぽんっと叩く。
「お金に色はないから存分に使って経済を回してくれ」
「ほんっと先輩って情緒がわかんないですよね〜」
「うるさいわい」
俺も革靴を履いて店の外へ向かう。
あ、そうだ。一応連絡入れとこう。ここまで長い間彼女と会わなかったのは初めてなんじゃないだろうか。
『飲み会終わりそう、寝てると思うけど……今から帰るね』
『お疲れ様でした。外は雪ですが大丈夫ですか?』
すぐに返ってくるチャット。というか、まじ?
ガラガラガラと扉を開くと見事に降っている。
「電車は……」
「残念ながら動いてますよ」
隣から東雲の声。いや、残念じゃなくてラッキーなんだよ。
『電車は動いてそうですが……あ、そうだ。ご主人様、そこにいてくださいね。』
『ん?』
そこから既読はつかない。ここにいろっつったって……せめてどれくらい居ればいいのか教えてくれよメイドさん。
スマホを見ている間に締めの挨拶が始まる。
「今日はお忙しい中〜」
結構お酒が入っているはずなのに、ちゃんとこなしてて偉いな。俺だったら「適当に解散で!」とかやってしまいそうだ。
よくある一本締めで飲み会は終了、いやぁたまには来てみるものだな。初めて話した人も何人かいたし、また呼ばれたら来よう。
「ところで先輩はこのまま帰るんですか?」
「もちろん。え、ここから2軒目行く強者いるのか」
「何人かはいるみたいですよ、会社の近くに住んでる方とかは……」
どんな体力してんだ。明日有給でもとってんのか?
「駅までいきましょうか」
そう言って歩き出す東雲。雪は相も変わらずしんしんと降っている。
滲んだネオンに遠くから聞こえる人の声。まさに冬の夜、2人とも傘なんて持っていない。
飲み終わった後にしては崩れていないメイクと髪型、ゆっくりと速度を落として走る車。
視界が狭くなっているのは多分アルコールのせいだ。薄い桃色の唇が動き始める。
「東雲、悪い。お手洗い行くから先帰っててくれ、んじゃあな」
でも俺にはここで待つという使命がある。それは他でもない愛しのメイドさんからのお願いで。
手を振って先程の居酒屋方面へと戻る。
「あーあ、まだだめか」
なんて後ろから聞こえた言葉は雪に吸い込まれてくれなくて、しっかりと耳に残った。
返事するなんて野暮だとわかっていつつも右手を上げて振る。
◆ ◇ ◆ ◇
無事お手洗いを済ませて軒先で震えながら待つ。
すると程なくして目の前に一台の車が。
中から現れたのはもちろんメイドさん。真っ黒なロングコートに身を包んだ彼女は夜の妖精みたいで。
お風呂も入ったはずなのに髪はしっかりとセットされていて……って最近彼女と外で会うことが多い気がする。
「お待たせいたしました。迎えにまいりましたよ、ご主人様」
「電車動いてるって言ってたのに」
薄く笑みを浮かべながら傘へと俺を招く。素直に中に入ると、彼女は手袋を外して俺の頬へ触れる。
「もうこんなに冷えて、風邪ひいちゃいますよ」
「あれ、俺の話ってもしかして聞こえてない?」
「まさか!聞こえてますよ……私が会いたくなったから、ではだめでしょうか」
そんなことを言われては返す言葉が思いつかない。
「だめじゃないです」
「ふふっよかった……それじゃあ帰りましょうか、私たちの家に」
ばたむと音を立ててドアを閉めると静寂に包まれる。雪の気配すらも遮断されている。
そんなことより気になることがいくつかあるんだが。
「メイドさんってさ、」
「車運転できますよ、これはレンタカーです」
「なるほど、聞こうとしてたこと全部教えてくれてありがとう」
東雲は傾向と対策だなんて言ってたけど、メイドさんは絶対心を読めるでしょ。
彼女はボタンを押してエンジンをかける。
「眠かったら寝てていですからね、ご主人様」
「まさかそんなことするわけないじゃん、俺に会いに来てくれたんでしょ?」
いつものように手を口にかざして、彼女は上品に笑う。
「では少し私とお話しながら帰りましょう」
そう言って彼女は優しくアクセルを踏む。
窓から見える雪は、街灯の光を反射してきらきらと輝いていた。




