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第76話 メイドさんのいない飲み会②

 店の中に入ると外とは対照的に暖色の柔らかい光が俺たちを包み込む。

 通されたのは掘りごたつ式のお座敷、正直助かる。


 学生時代は普通の座敷でも問題なかったんだが、最近足を伸ばせないのが辛くなってきて……こんなところで歳を感じたくないな。


 同僚を含めてみんな東雲の促すままに席へ座る。さて、どこに座ろうか……。こういう飲み会は経験上長引く傾向にある。

 となれば、一番出口に近い下座に座るのがベストだな。


 端の席に鞄を置くと、その直後に鞄を一つ隣に移動させられる。俺の鞄を持ち上げた犯人は東雲である。


「ここは幹事特等席なので隣にお願いしますね〜」


 流れ作業のように席が移動させられる。


「あ、お前ここなのか。だったら奥の方に……」


 隣は面倒だし対角線上の奥に座るべく鞄に触れようとしたところ、東雲の手に阻まれる。


「先輩はここです。いいですね?」


 笑っているはずなのに喜び以外の感情が如実に伝わってくる笑顔で彼女は言った。


「はい」


◆ ◇ ◆ ◇


 上席のいない飲み会なんて気楽なものだ。「後は若い人たちだけで……」って文句は、お見合いじゃなくて職場の飲みの方が似合うんじゃないか。


 わいのわいのとスマホに映し出されたメニューとにらめっこしながら何を注文するかの大会議。

 だいたい3〜4人で1卓、それぞれで食べたいものを注文するみたいだ。


「先輩、何にしますか?」


 俺のスマホをのぞきこみながら東雲は身体を寄せてくる。


「暑い、離れろ」


「私は寒いので〜」


 こうなればとテーブルにスマホを置いて周りの人たちと相談する。

 というか同僚氏、お前もこのテーブルかよ。最近よく話すやつらばかりで、せっかく飲み会に来たのに新鮮味がねぇな。


「ビールの人〜!」


 向かいに座った女性の社員が声をかけてくれる。たぶん初めまして……のはず。


「あ、ありがとね!みとめちゃん!」


 東雲が手を上げる。みとめさんと言うのか……上の名前で呼んでいないところ、知り合いみたいだが。

 粗方注文も終わったところで一息つく。これで一旦は飲むだけだ。


「はじめまして〜澤崎みとめです〜!東雲先輩の後輩してます!」


「はじめまして、藤峰です。そこの同僚と同じ部署で東雲の先輩です」


 やばい、部署とかじゃなくて東雲との関係しかわからない。天然さんか?


「みとめちゃん、私と同じ仕事……つまり先輩の後任です!」


「おぉそうなのか、よろしくね。東雲は優秀だから問題ないだろうけど」


 掘りごたつのしたで隣から脚が飛んでくる。ピタッとくっついたかと思うとぐいぐい押される。

 なんだなんだと隣を見ると、脚の主は唇に人差し指を当ててしーっと静かに息を吐いた。


「そういえば東雲先輩と藤峰さんは……」


 そこまで澤崎さんが口にしたところでお酒が運ばれてくる。結局このテーブルは全員ビールかよ。わかってんな。


 全体で乾杯するために東雲が立ち上がる、澤崎さんの疑問は空中に漂ったまま。


「それでは本日はお集まりいただいてありがとうございます!」


 「いいぞ〜!」「東雲ちゃん〜!」と野次が飛んでくる。こいつって人気なんだな。

 中には俺の知らない人も結構いて、改めて人脈の広さに感心する。


「長い話では泡も消えてしまいますので、乾杯!」


「「「乾杯!!」」」


 すとんと俺の隣に座った東雲は両手でジョッキを持ってこくこくとビールを喉に流し込んでいる。

 俺も釣られてごくっと黄金の液体を身体へ注ぎ込む。


「『長い話は〜』ってやつ、先輩が教えてくれたんですよ」


「そうだっけ、全然覚えてないんだけど」


「もうかなり前ですもんね。私は覚えてますけど!」


 運ばれてきたお通しにお箸を向けて彼女はぷりぷり怒っている。おい、下で足を踏むんじゃねぇよ。


「あ、みとめちゃん。さっきの話だけど」


 ごくんと喉を鳴らして東雲は澤崎さんに水を向ける。

 澤崎さんもいい飲みっぷりで、既にジョッキの7割が空いている。


「私と藤峰さん、付き合ってないよ。まだ」


「『まだ』は要らないだろ」


「未来はわかんないじゃないですか〜」


 ぱしぱしテーブルを叩きながら東雲はスマホでメニューを開いた。


「みとめちゃん次は何にする〜?同僚さんも!そんで先輩は私と一緒でハイボールね」


 心を読まれたのか、次のドリンクが勝手に決まる。正解なんだが、なんだか腑に落ちない。


「心は読んでませんよ。傾向と対策です、何事も」


「俺お前と飲みに行ったことほとんどないよな?」


「先輩が誘ってくれないからないですね」


 いちいちカウンターが飛んでくる。そりゃ俺から誘ったら「そういうこと」に見えてしまうだろうが。


「私から誘うと『奢ってください』って言ってるようなものなので誘えないですよ、そりゃ。みとめちゃんはよく誘ってくれますけど」


「東雲先輩のお話楽しいので〜!7割くらい藤み……むぐ」


 目にも止まらぬ速さで東雲は箸でお刺身を掴むと、澤崎さんの口の中へシュート、ゴール!

 口の前でばってんを作る東雲に澤崎さんはこくこくと頷いている。


「まぁ……これからは気軽に誘ってもらって。サシはなしだけど」


「なんでですか!」


「え〜なんか怖いじゃんお前」


「怖くないよ〜大丈夫だよ〜!」


 子どもをあやすように優しい声色、騙されんぞ俺は。

 今だってこいつの左手が掘りごたつの椅子で俺に触れるか触れないかの位置にあるんだから。


「澤崎さん、普段から東雲ってこんな感じなの?」


「いえ〜普段はガード固いですよ〜。他の人にご飯誘われても全然行きませんし……だから今日は東雲先輩から声がかかったって大量に人が釣れたんだと思います!」


 俺を飲み会に連れ出すためにここまでするとは、東雲、恐ろしい子!

 そのまま最近の人事や仕事の話に。


 なんとか彼女から距離をとりながらも運ばれてきた料理を受け取って、俺は空いたグラスを返すのだった。

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