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第75話 メイドさんのいない飲み会①

「今日は前から言ってた飲み会だから遅くなる、ご飯食べて先に寝ててね」


「かしこまりました、何かあればご連絡ください。あ、お店はここで合ってますよね?」


 向けられたスマホに映っているのは今日の飲み会の会場、会社の最寄り駅から程なく歩いたところである。


「うん、終電までには解散する予定だから」


 そんな会話をしたのは朝。

 今は仕事を終わらせて飲み会の会場に向かっているところだ。


 時間には余裕がある、幹事でもない飲み会のなんと楽なことか。

 学生時代の友人とは今でも1年に1.2回ほど飲みに行くが、会社の知り合いとは全然行かなくなってしまったな。

 仕事終わりにそのまま飲みってのがしんどいし、今は家に待ってくれてる人もいるし。


 そんなことを考えているとエレベーターは1階に到着する。


 この景色を見るのはいつも家に帰る時だから、まだ予定があることに違和感を覚える。

 ロビーでは何組か社員が留まって話をしているみたいだ、取り留めのない会話があちこちから俺の耳を通り抜けていく。


 知り合いに会釈しつつ出口に向かって歩いていると、無数にあるグループからぴょんっと一人抜け出して、こちらへ駆けてくる。


「ちょ、ちょっと先輩!置いてかないでください」


 ご存じ東雲だ。


「あれいたのか東雲」


「どこに目付けて歩いてんですか!まったく!」


 攻撃力高いな、こわ、飲み会で絡まれるのだるいから近付かんとこ……。


 彼女を見ると気合いの入りようがわかる。丁寧にセットされた髪に、生地の厚いいい素材のブラウス、細い足が綺麗に見えるスキニーパンツ。

 あれ、この前のかがりも似たような格好していたような……。


 あんまりじっくり女性を見るのも失礼かと目を逸らす。


「ほかのメンバーは?」


「みんな各々集合すると思いますよ〜!」


 じりじりと距離を詰めてくる東雲。


「……近くない?」


「適正距離です」


 ゲーム以外で聞かないだろその言葉。銃の射程かよ。

 一歩隣にズレると彼女も同じだけこちらへ身体を寄せる。


「みんな各々集合なら俺たちも各々でいい気が、」


「そのつもりでしたが偶然、偶然先輩の猫背が見えたので」


 言いかけた言葉は最後まで吐き出させてもらえず、遮るように彼女の声が上書きしていく。


「普通に背中でいいだろ……あ、お店ありがとうな」


 同僚から聞いたところによると、今日の飲みのセッティングは東雲がやってくれたらしい。

 幹事なんて別に給料出ないのに立派なことで……タダ乗りしているのが申し訳なくなってくるな。こいつの分くらいは払うか、先輩だし。


「いえいえ、自分の食べたいもの選んだだけですので!」


 そう言って彼女は相好を崩した。


 会社から出ると外は真っ暗でまだまだ冬の猛威を感じさせる。

 灰色の重たい雲が空を覆い尽くしていて月は見えない。


「今日もしかして雪降るんじゃありません?」


「まじ?天気予報見ずに来ちゃったからなぁ」


 いつもはメイドさんが傘を渡してくれるから輪をかけて見ないようになったんだよな。ほんとに彼女に生活のすべてを握らている気がしてきた。

 自立しなければという思いはあるものの、今の生活が心地良くてどうにも抜け出せない。


 傘を貰わなかったということは降らないんだろう。


「電車とか止まんないといいですけど……」


 ぽつりと東雲がつぶやく。


「そういうのフラグって言うんだよ、やめろやめろ」


「電車なくなったらどうします?ホテルで一緒に泊まりですかね」


 下からずいっと顔を近づけてくる東雲。普段のこいつとも、メイドさんとも違う柑橘系の爽やかな香りが鼻から脳を刺激する。

 キラキラと光る目元に重力に反したまつ毛、改めて見ると東雲って整った顔してるよな。


 そこで突如思い浮かんだのは家のドアを開ければいつも出迎えてくれるメイドさん。


「いや、タクシーで帰るかな」


 それで「大変だったわ〜」って彼女に話すのだ。


「なーんだ」


 残念そうな顔してるが、ホテルに泊まるとか言うわけないだろ。しかも女性と。


「お前の分も出してやるからタクシーで帰れよ」


「まぁその時が来たら考えますね!」


 微妙に答えをはぐらかされた気もするが、当の本人は楽しそうにしているからいいだろう。


 馬鹿な話をしているうちにもどんどん気温は下がっていく。それにつられて明るいネオンや人の声も増えてきた。


「やっぱりこの辺は人多いですね〜」


 道によっては狭くてぶつかりそうになる。

 周りに気を配りながら歩いていると隣からどんっと身体を当てられる。

 まずい、誰かとぶつかったかと目を向けると、東雲がくっついていた。


「人多いから仕方ないですね」


「仕方ないわけないだろ、縦に並べ縦に」


「嫌ですよ〜せっかく2人で歩いてるんですから!お喋りできないじゃないですか!」


「もうお店着くから離れろって」


 密着した身体を丁寧に剥がしていく。


「もう先輩ってば……こんなの普通ですよ?」


「んなわけあるか、俺の同僚にそれできるか?」


「無理ですね……。」


 南無、同僚。すまん、いないところでお前は振られたよ。

 そんなことをしている間に目的地が見えてくる。入口前に固まる人を見て頬がひくついた。


「おい、聞いてなかった俺が悪いんだが、今日の飲み会って何人来るんだ?」


「確か私たち入れて18人ですね」


「は?」


 多すぎだろ。勝手にせいぜい5〜6人かと思ってたわ。

 18人て……むしろその人数でよく今までチャットグループ作らずにお店とかの情報を共有できたな。

 まてよ……俺だけそのグループに入ってないという可能性もあるのか。


 邪推は体に毒だ、考えるのをやめよう。


「なーんか気がついたらどんどん人が増えちゃって……まぁその方が都合が……あ、今の聞こえなかったことにしてください」


「いや無理だろ、この距離で」


 なんだ人の多い方がいい都合って。金額は割り勘になるだろうから変わらないし、店の予約も大変だし……。


 ふと前の方から手を振られているのに気付く。


「おい、手振られてるぞ」


「あれきっと先輩に対してですよ。同僚さんですよね?」


 よく見るとさっき知らないところで東雲に振られた同僚だ。

 多少の罪悪感に苛まれながら、俺も手を振った。

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