第74話 メイドさんとどら焼き②
「「ごちそうさまでした」」
お箸を置いて手を合わせる。今日の晩ご飯は鶏の照り焼き、白米に合う大変ボリューミーなメニューでした。
食生活が整ったから最近よく眠れるようになったんだよな、何もかもメイドさん様様だ。
「ではお待ちかねの!」
ふんふんと鼻歌を歌いながら彼女は小さな箱を取り出した。
「あ、お茶淹れますのでもう少しだけお預けです!」
そう言いながらメイドさんはキッチンへと歩いていく。
徐々に頭に眠気という名の霧がかかる。
仕事疲れか、昼に東雲とメイドさんが部署に来て気力を持っていかれたからか、瞼が重くなってきた。
◆ ◇ ◆ ◇
ふと気がつくと近くにメイドさんの顔、そして頭に手を置かれている感覚。
「ん……ごめん寝てた」
彼女は頭から手を離さず、優しい顔をしてこちらをのぞき込む。
「おはようございます、ご主人様。まだ15分くらいしか経っていませんので、もう少し眠られますか?」
「いや、せっかくだしメイドさんとどら焼き食べたいかな」
お茶とどら焼きがテーブルに並べられている。深くて落ち着く香り、混じった甘い匂いはきっと彼女のもので。
「待っててくれたんだ」
未だ手付かずのどらやきを横目に彼女へ笑いかける。
「私はメイドなので」
さも当然かのように彼女は言った。
「もう定時はとっくに過ぎてるでしょ、今はかがりでもいいんだよ」
「でもご主人様がお休みになるまでは私はメイドで……ってこれ前にも言いましたね」
頭を横へと振るメイドさん。
「それでこの手は」
未だに俺の頭上では手がゆっくりと動いている。
「なんだか我慢できなくて」
「答えになってないんだよなぁ……メイドさん的にご主人様の頭を撫でるのはいいわけ?」
彼女の手を優しく掴んでそのまま目の前に持ってくる。
「いいです、無防備な寝顔を晒しているご主人様が悪いので」
「なんという他責」
彼女の手に触れるのは久しぶりな気がする。
やっぱり冷たいその指は、毎日水周りの家事をしているはずなのですべすべで。
「あんまり触られると恥ずかしいんですけど」
ぴくっと指が強ばる。
「嫌ならやめるけど」
「……今日のご主人様はちょっと強気で意地悪です。お昼間は後輩を侍らしていたのに」
そう言いながらも彼女は指を俺の指に絡めてむにむにと力を入れたり抜いたりしている。
「なんでちょっと刺があるんだよ」
細くて真っ白な指を堪能し尽くして、彼女の手を解放する。少し赤みが差しているのはきっと、俺の体温が移ったからだろう。
「ささ、起きたことですし食べましょ!」
俺が半分に割っている間にも彼女はどら焼きにかぶりついていた。
「ん〜!おいし!優しい甘さですねこれは……ふわふわの生地にもたっとした餡がまた……!」
幸せそうな顔をしながらもっちもっちと口を動かすメイドさん。どうやって話しながらそんな綺麗に食べられるんだろう。
あっという間に一つどら焼きが無くなったところで、彼女は次を求めて箱に手を伸ばす。
「ゆっくり食べなよ」
「消えちゃうかもしれないじゃないですか」
「んなわけ……他に誰が食べるんだよ」
「ご主人様です」
このメイド、残り全部食べる気か……!?
「おい頼む、俺の分はあと1つだけ残して」
「それはどうですかね〜〜!」
にまにまと笑いながら、容赦なく彼女は大きな口を開けて、2つ目のどら焼きを頬張った。