第72話 メイドさんと後輩の邂逅②
「というわけで私のミッションは終わったから帰りますね」
くくっと手を伸ばすかがり。普段見ているメイド服じゃないから身体のラインがはっきりと見えてしまう。
それにしてもオフィスカジュアルなかがりもいいな。傍から見たら清楚な彼女の良さがしっかりと出ている。
家だったら見ることのないうなじまで見えて……あれ、一瞬心臓がざわついたような。
「うん、ありがとね。ちょっと騒がしかったけど……普段はもっと東雲も落ち着いてるんだ」
目を逸らしながら口を動かす。
廊下には誰もおらず、暖房の音だけが微かに響いていた。このビルも一般の人が入ることは少ないし、廊下に出てくるとすれば社内の人間だけだ。
「いえいえ、かわいい人でしたね。慧さんも隅に置けません、あんなに懐いてる後輩さんがいたなんて」
「……昔教育係だっただけだからな。別に何もないから」
「ふふっ、また詳しくは聞かせてもらいますから。それと」
ととっとこちらへ寄ってきた彼女は耳元に口を寄せる。
「見られてるのって案外気が付くものですよ」
ばっと身体を離してかがりから距離をとる。
彼女はいつも俺を揶揄う時のように眉を片方上げて笑っていた。
「かがり、ここ会社」
俺には今給料が発生しているのだ。こんなところ誰かに見られたら一巻の終わりだぞ。
こら、既に東雲に見られてるのにみたいな顔するんじゃない、あれは事故だ事故。
「あら、失礼しました。あまりにもご主人様がかわいくて」
手を口に当ててかがりは笑う。二人きりで街を歩く時はもう少し素が見えるんだけど……東雲とあったからか、ねこを被ったメイドモードだな。
「呼び方戻してるじぇねぇか……反省してないな?」
「はいっ!ご主人様の外行きの顔なんてもうほとんど見られないので」
そんなことなかったわ、全然素だ。
俺を煽ることの何がそんなに楽しいのやら。
そう言われれば確かに、かがりが家に来た当初と違って俺はだらけっぱなしだもんな。
「って納得するわけないだろ」
「えぇ、、、惜しいと思ったんですが」
正直惜しかった。でも俺の残りカスみたいな社会性が「後は家でやれ」と叫んでいるのだ。
「今日も早く帰るからさ」
「ええ、ええ。お待ちしております……でも私今日頑張ったしな〜」
エレベーターへ向かいながらも歩くスピードはゆっくりだ、まるで今ここで別れるのを惜しむように。
そのペースに乗せられている俺も俺で、寂しいだなんて感情がほんの数cmだけ脳みそを揺らす。
「お給料は会社と交渉してね」
「そうじゃないってわかってるくせに」
「はいはい……今日は和食だと嬉しいかも」
帰りに買う甘味を想像しながらリクエストを送る。
「かしこまりました、ご主人様のお望みとあらば」
空気を読んで一番上の階まで行ってからゆったり帰ってきたエレベーターに彼女を押し込むと手を振る。
「それじゃ、改めてありがとうね」
かがりは周りをキョロキョロと見回して誰もいないことを確認すると、膝を折った。
いつもはロングスカートとエプロンで隠れて見えない脚の動きが顕になる。
「それではご主人様、お早いお帰りをお待ちしておりますね」