第71話 メイドさんと後輩の邂逅①
珍しく東雲がうちの部署に入ってきたかと思えば、かがりを連れているではないか……なんで?ほんとに。
そこ面識ないだろ。というか家にいるはずのかがりが俺の会社に来るなんて、ただ事じゃないな。
「あの、ごしゅ……んん゛、慧さん、お弁当忘れてたので!」
おい、危ない危ない。最近外で名前を呼ぶことがないからか鈍ってるな、俺も気をつけよう。
ずいっと差し出される保冷パックに入れられたお弁当。あぁ、今日はなんだか荷物が軽いと思っていたらお弁当を忘れていたのか……。
こんなところまで届けさせるなんて申し訳ないな、さっさと気付いてチャットすればよかった。
しかし彼女が来てくれなかったら、失意のコンビニご飯になるところだった。
「わざわざ遠いのに……ごめんね、ありがとう」
ついいつもの口調で受け取ってしまう。
「いえ、渡し忘れた私が悪いので」
このまま「じゃあありがとう、またね」なんて手を振ってなんの問題もなく終わると思ったが、そうは問屋が卸さない。
かがりの後ろで大きく手を振っている東雲が、こっちを見ろとアピールしていた。
「え、あの、私フル無視ですか?」
自分を指差しながら彼女は抗議する。
「あぁごめん東雲、かがりさんを連れてきてくれてありがとう」
「いえいえお安い御用です……って違うんですよ!どちらさまですか!?先輩彼女いないって言ってたじゃないですか!確かにお世話になってる人がいて、かがりさんってお名前だってのは聞いたけど!奥様?え、違いますよね!?」
だーっと一息に言い切る東雲、先ほどまでの柔らかいできる社会人みたいな雰囲気はどこにいったんだ。
じとっとした視線は2つ。
かがりがじとっとこっちを見るのはおかしいだろ。どうせ東雲に俺のこと話す時に「主人が」とか言ったんだろうな……今更なんて紹介すればいいんだよ。
「うーん、かがりさんはなんというか……」
「奥さんや彼女じゃない人が毎日手作り弁当を持たせてくれる世界なんてないんですよ!ほら、キリキリ吐いてください!」
荒ぶってるなぁ東雲。
こう、パニックになっている人が隣にいると自分は冷静になる現象ってあるじゃん、今完全にそれ。
「かがりさん、どうしよう」
助けを求めて我が家のスーパーメイドを振り返る。助けてかがりえもん!
「東雲さん、私慧さんのお家でお仕事をしていまして……だから彼女ではないんですよ」
かがりは落ち着いた様子で東雲に話している。流石はプロのメイド、慌てるとかしないんだな。
確かに、かがりの実家のかなめさんが狼狽えている姿なんて想像できないもんな。
「もっと訳が分からないんですけど……!」
うーっと唸りながら東雲は考え込んでいる。
「なんの、なんのお仕事なんですか!!」
もう訳がわからないとばかりに両手を上げて、東雲はかがりにすがりついた。おい、腕上げる時バインダーを俺に当てようとしてなかったか?油断も隙もねぇなこいつ。
「それは秘密、ということで」
ふふっと笑いながら彼女は人差し指を唇に当てる。
刹那、誰かのスマホが鳴る。
自分のポケットに手を当てても震えている様子はない。そのままかがりの方へ目を向けると、頭を振る彼女。ということは、
「うぅ、私です……今度絶対にお話聞きますからね!」
捨て台詞を吐いてエレベーターの方へと向かっていく東雲。髪先を弄りながらぷりぷりと帰っていく。
そんな彼女はくるっと振り返ると、視線にかがりを真っ直ぐと捉える。
「かがりさん、今日はお会いできてよかったです。でもでも、私が先ですからね!」