第68話 メイドさんと仕事始めの朝
「う゛ぁあ……行きたくない」
メイドさんの作ってくれた朝ごはんを口にしながらめそめそと弱音を吐く。行きたくないものは仕方ないじゃないか。
年末年始の華麗なるお休みが終わってしまった。もう今すぐにでも今年の年末になって欲しいほど行きたくない。
そうは言いながらもトーストにバターを塗っては口へ運んでいく。
「それでもちゃんと朝ごはんを食べ進めてるご主人様、ちょっとウケます」
目の前にはとんでもない量のジャムを掬っているメイドさん。
「だってメイドさんが作ってくれたから。あとウケるな」
もしゃもしゃとスクランブルエッグを粗食する。うぅ……美味しい。
玉子なんてどんな調理しても形になるんだからいいよな、それに比べて俺は……。しょうもないネガティブ思考が頭をくるくると回る。
「ほらほら頑張って食べてください、スプーン止まってますよ」
「だって、だって」
「もうイヤイヤ期の子どもじゃないんですから。ご主人様の見た目でそれはアウトですよ」
逆に考えればアラサーでイヤイヤ期に陥っても許されるビジュアルが存在するということか……?
メイドさんが子どものようになったら……ってこたつむりになってる時じゃねぇか。確かにあれは許されるな。
「まじで行きたくないんだが」
「真面目な顔してどうしようもないこと言わないでください。ちゃんと私のお給料、稼いできてください」
くっそ〜あと364日休みにならねぇかな。
残念ながらお皿は空になっていく。これを食べ終わったら行かないといけない……そもそもシャツ着てスラックス履いてる時点で逃げ場はないとも言えるが。
◆ ◇ ◆ ◇
あれよあれよという間に家を出る時間になってしまった。なんだかんだ歯磨きも髭剃りもしたから準備万端だ。
頭ではわかっている、家から出ればそれなりに始まって、それなりに頑張りながらそれなりの時間に家へ帰れると。
「ご主人様、鞄です」
いつもは預ける鞄を今日は受け取る。
「ん、ありがとう。なるべく早く帰るから」
これは自分への言い聞かせ。
絶対残業なんてしてやるか。
「ええ、お待ちしております。どうぞお気をつけて……あっ」
最後に家の鍵を持ってドアに手をかけようとした時、彼女は何かを思い出したように声を上げる。
振り返ると彼女の白い手が伸びてくる。
胸を伝って首元まで来た指は、ネクタイを掴んできゅっと上へと持ち上げる。
「少し緩んでいたので」
それだけ口にすると、彼女はネクタイピンを撫でて俺から手を離す。
伸ばされた指はどこか名残惜しそうに見えて。
「では改めまして……いってらっしゃいませ、ご主人様」
スカートを広げて、彼女は膝を折った。