第66話 メイドさんと初詣のいちご飴①
「じゃあ行こっか、メイドさん」
メイドさんがブーツを履いている間、彼女の鞄を持つ。何が入っているのかわからない小さな鞄は、以外にもずっしりと重力の影響を受けていた。
「鞄、ありがとうございます」
「いやいやこれくらいお安い御用さ」
ドアに手をかけてぐっと押す。中と外を隔てていたこのドアが大切なものだったと気がつく。
冬将軍の本気を顔一面に受けて、思わず一度ドアを閉めようとする。
「ちょっと何してるんですか」
「メイドさん、外は危ない」
「寒いだけでしょうに。あと私はかがりですよ」
足元に目を落とすと確かに、敷居はまたいでいる。
「おっと失礼、かがり。外は危ない」
「名前を言い直しても気温は変わらないのでさっさと出ましょう」
閉じかけたドアを押し込んで、彼女は体重をかける。再度開いた外との隙間から冷たい風が入り込んでくる。
「慣れれば大丈夫ですよ……といいますか、慧さんは最近家の中にずっといたから」
「久々の長期休みだから外出るの嫌じゃん」
「また来週から会社行かないといけないんですから、ちょっとずつ、ね?」
先に外へ出たかがりはこちらへ手を差し出した。
しぶしぶと……いやこれは見た目だけ、彼女と外へいける貴重なチャンスだ。心の中はかなりうきうきしている。
俺も手を伸ばして彼女の手を掴む。
くっと引っ張られて外へ、意外と低い太陽に目を細めた。
「どうですか?」
手を見せびらかすように俺へとかざして口を開く。
なにが、とは聞かなくてもわかる。
「大変よくお似合いで」
「ふふっ……ありがとうございます」
真っ黒な手袋をもう一度じっと見つめると、彼女は歩き出した。
いつの間にか手は離れていて。
「そういえばこの辺で初詣に行ったことないな」
どこに行くのか皆目見当もつかないまま、連れられるがまま歩いていく。まるでペットの散歩だな、家では俺がご主人様なのに……おっとこの先は危ない、アブノーマルな話になるところだった。
「……今までのご主人様の生活だったらそうでしょうね」
かがりの返答に現実へと引き戻される。
次第に人通りが多くなる。あぁ、いつも行くスーパーや駅とは逆方向か。
着物や袴の人もちらちらと目に映る。
「……慧さんは」
彼女も俺と同じ方向を見ながらぽつぽつと言葉を零す。
「和装の方がお好みですか?」
うーん難しい……最近自分の好みが変わってきた気がするんだよな。具体的にはメイド服に惹かれる、だめだな、思考がどうしても気持ち悪くなってしまう。
「特別ってわけじゃないよ、どちらかと言えば」
「どちらかと言えば?」
「やっぱり今のなしで!」
「えっ!そんなことが許されるとでも?」
身を捩って逃げようとした俺の腕に、彼女の腕がぎゅっと巻き付く。
じゃれあいながらもやがて目的地が見えてくる。
まるでこれが昔から当たり前だったかのように、組まれた腕はそのままだった。