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第64話 メイドさんと年越し③

 お蕎麦を美味しくいただいたところで、俺たちを沈黙が支配する。

 この時間が嫌いじゃない。


 身体こそ触れてはいないが、気持ちをお互いに預けているような穏やかな雰囲気。

 どちらかが声を発すれば弾けてしまうシャボン玉のような空気も、いっそ壊れてしまってもいいとさえ思えてくる。


「ねぇメイドさん、」


「ご主人様、」


 声が被る。

 お先にどうぞと差し出した手さえ同じで、二人して笑ってしまう。


「ここはやはりご主人様から」


「じゃあお言葉に甘えて……メイドさん、今年も一年ありがとうございました。メイドさんが来てから俺の生活は格段に良くなったよ。もし良ければなんだけど、来年もよろしくお願いします」


 ひとつひとつ言葉を噛み締めるように丁寧に吐き出す。改まってお礼を言うのは少し恥ずかしいが、思っているだけでは伝わらないものだ。


 うんうんと彼女は殊勝に頷きながら聞いている。そしてゆっくり目を開くと、背筋を伸ばして居住まいを正した。


 綺麗に広がったメイド服は蕎麦が入っていたお椀のようにまん丸で、咄嗟の動きにしてはあまりに洗練された仕草に目を見張る。


「では私からも」


 こほん、とわざとらしい咳払い。

 手を自分の膝の上でクロスさせて彼女は腰を折った。


「ご主人様、本年も大変お世話になりました。ご主人様からすれば突然来た何処の馬の骨ともわからない、得体の知れない女性を家に招き入れてくださり、感謝の言葉しかございません」


 すっと頭を上げるとオーロラのように髪が靡く。

 白くきめ細やかな肌、林檎のように淡いグラデーションで彩られた頬、僅かに上がった口角にすっと線の通った鼻筋、まるで静かな夜に降ってきた星を集めたかのように光を放つ瞳が俺を捉える。


「とんでもない」


 もらった言葉に見合う言葉も返せず、もどかしいながらも一言だけ絞り出す。


「確かに表向きの生活習慣は改善したかもしれません。毎日お弁当を作っていますし、甘いものは少し多いかもしれませんが、お家も綺麗にしています。だから、」


「だから、来年は」


 俺の手に軽く触れながら彼女は身を乗り出す。


「来年は、生活以外のことも満たせればと思うのです」


 やけに力のこもった声にたじろぐ。なんだってんだ、もう俺は十分満たされているのに。

 二人を繋ぐのは家事代行サービスの契約一本。


 これ以上何を望めるだろうか。「ご主人様」とは言っても

結局は役割、RPGで言うところの「職業」でしかない。

 その最後のラインを超えてしまうと、それは家事代行サービスの契約ではなくなってしまうのだ。


「だからご主人様、」


 この瞬間は世界中からすべての音が消えてしまったかのよう。

 もう彼女の顔しか見えない、彼女の声しか聞こえない。ここには確かに二人しかいないけど、どこに行っても俺たちしか存在しないだなんて、ありえない錯覚に襲われる。


「来年は……いえ、今年は(・・・)覚悟してくださいね」


 言葉に心臓を撃ち抜かれたことはあるだろうか。


 時計の短針と長身が12を指す。


「では、今年もよろしくお願いいたします」


 そう言って彼女は再び頭を下げた。

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