第62話 メイドさんと年越し①
こたつに丸まって動かなくなったメイドさんをみかんの皮越しに見る。
「もう食べないの?メイドさん」
「ふぁい〜」
欠伸混じりに返ってくる声。ここを実家だと勘違いしてないか?
いや、そう思ってくれることに嬉しさはあるんだけど。
「あんまり食べたら年越し蕎麦食べらんなくなるので〜ごしゅじんさまもほどほどに〜」
間延びした甘い声が耳朶を打つ。まるでお酒に酔った時のように……まるでお酒に酔った時のように?
「メイドさんお酒飲んだ?」
「おさけ……?ちょっとなんのことかわからないですね」
渋めの声で言うのやめてくれ、おもしろいから。
寒さに負けずなんとかこたつから這い出てキッチンへ。
「ご主人様〜そこにはなにもないですよ〜」
遠くから無駄な抵抗が聞こえる。
コンロの隣にはでんっと日本酒の瓶が鎮座していた。ご丁寧にお猪口も2つある。
そのうち一つは湿っていて。
こたつに戻って彼女の布団を捲る。
「日本酒」
「おいしかったです」
語るに落ちたな。悪いことしてる訳じゃないんだけどいじわるしたくなる。
「飲んでるじゃねぇか」
「ごめんなさい、主人より先に飲んでしまって……美味しかったんです!」
悪びれてる感じを出しているが、まったく反省の色は見えない。
彼女の頬をむにっと摘む。このもちもちの頬にずっと触れていたい。
「おひおひでふか?」
こんなお仕置があるか。
「いや、お餅みたいで柔らかそうだったからつい」
のそのそと身体を起こすメイドさん。んっしょっと声を出しながら布団を掛け直す。あぁ、寒いのね。
そのまま自分の隣をばしばしと叩きながら顔をこちらへ向けた。
「お隣どうぞ」
当たり前かのような顔をしているが大人二人が入るには少し狭い。
先ほどまでの対面ではなく隣の辺に腰を下ろそうとすると、腕をくいっと引っ張られる。
「寒いですね、ご主人様」
「そうだねメイドさん」
「あーこんな時身体を寄せあったら暖かいのにな〜」
明後日の方向に顔を向けて彼女はそう宣う。耳が赤いのはきっと寒さのせいじゃなくて……流石にそれくらいは俺もわかる。
酔った時の彼女は甘えたがりなのだ。
「今回だけな」
それを叶えるのもご主人様としての仕事だと思うから。
狭い隙間に脚をねじ込んで同じ辺にすぽんっと収まる。
刹那、鼻腔を通り抜ける甘い匂い。これほど密着したことは今まであっただろうか。
柔らかさと安心感で心が満たされる。自分の単純な情緒を恨みながらも、身体の力は抜けていく。
「2回目です」
ぽしょっとメイドさんは呟く。
「ん、なにが?」
「こうやってくっつくの」
俺の記憶では初めてだが。
「ふふっご主人様は知らなくていいんです……あと少しだけ……お蕎麦を準備するまではこのままでもいいですか?」
確かな重みはきっと身体だけのものじゃなくて。
預けられた体重と同じくらい、俺も身体を彼女の方へと傾けた。