第60話 とあるメイドの夢遊
時刻は25時、お酒に酔ったご主人様はもう寝ているだろう。
さっとシャワーを浴びてすっきりした私は自室のベッドの上にいた。
彼に貰ったこの手袋は、おそらく手が冷たい私を思ってのことだろう。そんなことが、それだけのことがたまらなく嬉しい。
本来メイドなんて背景の一部でしかないのに、ご主人様は私のことをしっかりと見てくれる。
……ちょっと私の我が強いのは認めるけど。
もう一度手袋をはめて色んな角度から見る。
部屋の照明を受けて黒いファーがきらきらと光を反射する。
綺麗だ。
さてさてご主人様のクリスマスはこれで終わったのかもしれないが、私のクリスマスはまだ終わっていないのだ。
パサっとパジャマを脱ぎ捨てて、新しいメイド服に着替える。エプロンを締めてホワイトブリムを着ける、臨戦態勢だ。
彼から貰ったものよりも小さくて、手のひらに収まるほどの真っ黒な箱を取り出す。
中身はネクタイピン。毎日着けるものだからこそ少しいいものを。
何を贈ろうか何日か掃除しながら頭を悩ませたのは秘密だ。
ご主人様はそのまま寝てしまったから渡すタイミングがなかったが、私がクリスマスプレゼントを用意しないわけがないのだ。お世話になっているなんてこちらも同じ、ゆくゆくは……って、今は考えるのをやめよう。
ぶんぶんと頭を振って雑念を床に落とす。
大切に手袋をしまうと、私は自室の扉を開けた。
少し離れたご主人様の部屋まで足音を消しながら向かう。
本当のサンタさんはみんなが寝静まった後に家へと来るらしい。だから私も。
メイドたるもの、ドアのひとつ音を出さずに開けられなければ。
ご主人様がいる時に彼の家に入るのは初めてじゃないだろうか。その部屋の主がいるだけでこんなにも空気が違う。掃除では毎日のように入っているのに。
規則正しい寝息を立てている彼の枕元にプレゼントを置く。
このまま「私がプレゼントですよ」なんて言ったら彼は驚くだろうか。……そんなはしたないことはしないけれど。
無事に渡せたことに安心したのか、瞼が重くなってくる。
ちょうど目の前には温かい布団、ちょっとだけ、ちょっとだけだから。
誰に何を言い訳しているのかわからないが、頭の中に響く声を無視して掛け布団を捲る。
うぅっと声を上げるご主人様の後ろに寄り添って、私は身体を布団に沈めた。
彼が起きる前には起きよう、そんな誓いを空へと投げながら、私は意識を手放した。




