第58話 メイドさんとホワイトクリスマス③
『ではお待ちしております、お気をつけて帰ってきてくださいね』
メイドさんからの返信に気が付いたのは自宅の前。鍵を回して数秒、扉を開ける。
「お帰りなさいませ、ご主人様。メリークリスマス、です」
スカートの裾を持ち上げて綺麗に一礼するメイドさんがそこにはいた。
「ただいまメイドさん、メリークリスマス、待たせちゃったね」
「いえいえ、定時に帰られると信じてましたよ」
差し出された手に鞄とコートを預ける。至れり尽くせりだ。奥からはご飯のいい匂い、今から楽しみになってくる。
「美味しいのは保証しますが、先に着替えてくださいね」
思考を先読みされたのか背中をぐいぐい押されて自分の部屋へ。
「すぐ行くから!」
「ご飯は逃げないのでゆっくり来てください」
ネクタイを解いてシャツのボタンを外す。今更ながら彼女にプレゼントをいつ渡せばいいのかわからなくなってきた。
こう、何か作法とかあるんだろうか。
若干の焦りを手に握りしめて、プレゼントを気取られぬようリビングへと向かう。
扉を開ければ香ばしい匂いが鼻を通り抜ける。
テーブルに並んでいるのはビーフシチューにチキン、ポテトサラダにバゲットと盛りだくさんだ。
「おぉ……こんなに豪勢なクリスマスなんて初めてだ……」
キラキラと輝く料理たちに目が眩む。まるでお店にでも入ったかのような光景に感動する。
「喜ぶの早いですってご主人様、でもありがとうございます」
少し頬を赤くしたメイドさんは嬉しそうに微笑んだ。
テーブルに着くと、ボトルを手にしたメイドさんが近づいてくる。
「せっかくですしお酒も飲みましょう」
透明なグラスが紫色に染められていく。気持ちもこれだけ簡単に満たせれば苦労しないんだけど。
「じゃあ次ボトル貸して」
「いえ、私自分のは自分で注ぎますので」
人に注がせて自分は何もしないなんて柄じゃない。これは主人とかメイドとか関係なく。
優しく彼女からつるりとボトルを奪い取る。触れた手は料理で水を使ったからか冷えていて、自分のプレゼントが間違いじゃなかったと改めて思う。
家の中じゃ着けないだろうけど。
「恐縮です」
グラスを上に掲げて感謝するメイドさん。
「仕事みたいな返事しないでよ」
「ふふっ、たしかに。でも私はまだ仕事中ですよ?」
「もう定時過ぎてるでしょ」
「それでもこの服に袖を通しているうちは」
「脱げばいいのに」
「……それは命令ですか?」
両腕で自分を抱きしめながら、彼女はじとっとこちらを見つめる。
「そう意味じゃないってことはわかってるでしょ」
「ばれましたか」
口元が緩む。
この時間が俺にとって何より大切なのだ。
改めて2人ともグラスを持ち上げる。
ワイングラスなんてものがいつから家にあるのかまったく覚えがないが、こういう時にコップじゃなくてグラスで飲めるのはありがたい。
暮らしがどんどん丁寧になっていく。
メイドさんのおかげでできたプライベートの時間は、自分のためじゃなくて彼女のために使いたい。
あの日酔った勢いで契約した自分に、今なら親指を立てられる。
そういえばまた契約更新の時期か。
こちらとしては是非続けて欲しいが、果たして彼女はどう思っているのだろう。少なくとも嫌われてはないと信じたいが。
きゅうっと自分のお腹が鳴る。
そんなことより今は目の前の料理を楽しむことにしよう。
数秒の沈黙に怪訝な顔をするメイドさんがグラスに映る。刹那的な幸福だとしても、今はその甘くて温い空気に浸っていたいのだ。
2つのグラスが触れると澄んだ音が部屋に響いた。




