第57話 メイドさんとホワイトクリスマス②
仕事はといえばかなり落ち着いていた。みんなこんな日までがっつり働きたくないだろう。もう年末だしな。
人もなんだか少ない気がする。有給の使い時ってこういうところだろうな。
外が暗くなった頃、誰からともなく帰り始める。そうかもう定時か。
特に急ぎの仕事もないし俺もさっさと帰ろう。
「おい、今日なんか予定あるのか?」
同僚から声がかかる。
「ないっちゃないがあるっちゃあるな」
メイドさんとご飯を食べることは日常であって日常ではない。俺の中ではあれは立派な予定なのだ。
「独り身の会やるんだが来るか?」
「この日に限ってかよ、俺がいつまで独り身だと……?」
「まさかお前裏切ったのか!」
何だこの三文芝居は。手を振って扉へ向かう。
「んなわけないないだろ、相も変わらず独身彼女なしだよ」
「昔からやってるならわかるが、独り身の男で仕事に疲れた社畜が突然弁当を作ってきたりしねぇんだよ」
なんでこいつはそんなとこにまで気が付くんだ。あれか?裏切り者を炙り出そうとしてるのか?
「気分だよ気分」
「……今日はそういうことにしといてやる。あ、この前他所の部署から飲み会のお誘い来てたぞ、やっぱりいつも通り行かないか?」
そこで思い出したのは東雲の言葉。あー、あいつ準備がいいな。俺に直接じゃなくて他経由で声をかけるなんて。優秀に育っちまって……誰が教育したんだ、あ、俺か。
「今回は顔だそうかな」
「お!あのツチノコと呼ばれたお前が」
「え、それってほんとに呼ばれてるの?今すぐ払拭したいんだけど」
「ここ半年は特に付き合いの悪いお前が悪い」
「ぐうの音もでねぇよ」
その言葉を最後に部屋から出る。
当初はプライベートの生活がままならないからという理由で家事代行サービスを契約したんだった。
生活が立て直された今、本来できるはずだったこと、つまり仕事終わりに飲みに行ったり、休日友人と出かけたり……。
想像してみたけど、どうにもしっくり来ない。
それよりも早く帰って彼女とどうしようもない話をしながら、甘いものに舌鼓を打つ方がよっぽど心が踊る。
あぁ、わかっていたことだけれど、胃袋以外のものまで掴まれてしまっていたのだ。
でもそれがすっとお腹に落ちる感じがして。妙な納得感と、気持ちを自覚できる喜びを噛み締めながら俺はスマホを手に取った。
『定時に会社出られた、今から帰るね』