第56話 メイドさんとホワイトクリスマス①
どこか浮き足立った色とりどりの街並みに、黒のスーツが対照的だ。
クリスマスなんてイベントの日でも、朝の電車は時間通りに来るし、いつも乗ってるおじさんは変わらずいつもの定位置にいる。
『今日は早く帰ってきてくださいね』
それでもいつもと違うメッセージがスマホを彩れば、俺だって少しは気持ちが上を向くのだ。
『気合いで帰る』
爆速で仕事を終わらせよう。
何だかこういうのって夫婦みたいだよな。
いつも美味しいメイドさんのクリスマス料理なんて大変楽しみだ。
言いようのない充足感を覚えながら、俺は会社へと足を進めた。
◆ ◇ ◆ ◇
会社のロビーを歩いていると、後ろから肩を叩かれた。
「だ〜れだ!」
俺にこんなことする人間は一人しかいない。というか自分が後輩だという自覚を持って欲しい。
「おはよう、東雲」
「はい、おはようございます!藤峰先輩。ノータイムで私ってわかったんですね!」
「そりゃどれだけ声聞いてると思ってるんだ」
話しながらも歩くスピードは緩めずにエレベーターへ。東雲は俺の部署と階が違うからすぐにお別れだな。
「今日はかがりさんと会うんですか?」
「おい、周りに人がいるだろうが」
「誰も私たちのことなんて気にしてませんよ」
そんなわけあるか。俺は一般モブ社畜だが東雲は違うのだ。
ほら、今だって周りの若い男性社員からの視線が痛い。遠巻きに見てないでさっさとこいつ誘えよ。身を固めるとか言ってたし。
「お前目立つんだよなぁ」
キレイめなオフィスカジュアルにアップにした髪、歩き方さえ様になっている。
「察してくださいよ先輩」
小さな声で彼女は呟いた。
エレベーターに入って2人きりになる。
「風よけがないと面倒なんですって。隙あらば声をかけようって寄ってくるんですから」
あぁ、遠巻きに見られてたのはまだマシな方だったってことか。
「お前も大変だな………」
「まったくですよ」
「新卒の時もそうだったりした?」
低い音を立てながらエレベーターは昇っていく。
「いいえ?誰かさんがずっと近くにいたので」
「あれ、彼氏いたっけ?あの時」
はぁ、とため息をつく東雲。
肩にかけた鞄を持ち直して扉の前へ。唇はいつかみたいにもにょもにょと動いている。
「なーんにもわかってないですよね、先輩は」
「誰が仕事教えたと思ってんだ誰が」
小気味のいい音と共に鉄の箱は動きを止める。
「仕事以外の話ですよ。また今度飲み会やるときは来てくださいね?」
そう言い残して、彼女は廊下へと消えていく。
一人少なくなったエレベーターは、やけに冷える気がした。