第55話 メイドさんとこたつの魔力
「メイドさん、そろそろお風呂入らない?」
「そうですねぇ、ご主人様お先にどうぞぉ」
間延びした声が反対側から聞こえてきた。
そう、俺たちは今こたつに足を突っ込みながらだらだらと寝転んでいる。
きっかけは「ご主人様、リビングが寒いです!」というメイドさんの鶴の一声だった。
俺と違って家で一日の大半を過ごすメイドさんにとって、リビングが寒いのは死活問題だそう。
そこで急遽こたつを出すに至ったという訳だ。雇い主である以上、社員には心地よく働いてもらわねばならない。社員というかメイドだけど。
「俺はもうちょっと後でもいいかな〜」
「なら私も後でにします。やはりメイドたるものご主人様より先にお風呂はいただけないので」
「いつも入ってるじゃん」
「それはそれ、これはこれです」
いや同じ話してるんだよ。
とまぁこたつの唯一にして最大の弱点が出ている。そう、入ったら出られないのだ。
「もう洗い物もしてますし歯磨きもしちゃいました。後はお風呂だけなんですが……」
これはシャワーは明日にしてこのままの流れじゃねぇか。
「ここで寝るのは危ないからやめようね」
「じゃあこたつの電源切って寝るのは……?」
「そこまでして出たくないの」
「えぇ」
ぐでんと寝返りを打つメイドさん。
足が当たってるんだよな。
あ、そういえば聞いておかないといけないことがあるんだった。
「メイドさんメイドさん」
「なんでしょう、強情にもお風呂に入らないご主人様」
「それはメイドさんも一緒でしょ」
「メイドは主人より先に入れないのです」
だめだ、会話がループしてる。
「クリスマスと年末はどうするの?俺はクリスマスは平日だから普通に仕事だし、年末年始に関しては実家に帰らないつもりなんだけど」
蹴られた腹いせに足を彼女の足に当てる。
突如始まるこたつ内戦争。
「んひゃっ!ちょっと、暴れないでください」
「先に蹴ったのはそっちでしょ」
反対側から口笛が聞こえる。ちょっと上手いのが腹立つな……こういう時は適当な音出すものでしょ。
最近話題の曲とか吹かないんだよ。
「ご主人様がこちらにいらっしゃるのであれば、私も残ろうかなぁ」
あくび混じりに彼女は言う。
「全然実家帰っていいし、クリスマスは予定あるんだったら遠慮せずに行ってね」
「ちなみにご主人様は、クリスマス誰かに誘われたりしてないんです?」
うるさいやい。仕事して普通に帰ってくるしか予定がないわ。
「え、それは喧嘩ということでよろしいか?」
「けんか、よくない」
なんでカタコトなんだよ。
「珍しくメイドさんが正しいこと言ってる……」
「お、喧嘩なら買いますよ」
「手のひらくるくるじゃん」
よっと身体を起こして伸びをすると、ぱきぱき音を立てて関節が鳴る。
「私もこっちにいますね。予定もないですし、クリスマスまで仕事でかわいそうなご主人様に美味しいご飯、作って待ってますので」
「一言余計だけど楽しみにしてる」
「えぇ、お任せください」
その一言を最後に、彼女は夢の世界へと旅立った。
仕方ない、風呂に入るか。
一大決心をして外へ出ると、目に入ったのはすっぽりとこたつに収まったメイドさん。こたつむりじゃねぇか。
風呂から上がったら彼女を説得して風呂に入れなければ、なんて考えながら、俺はバスタオルを持って脱衣所へと向かった。