第45話 メイドさんと実家帰省⑨
俺たちが帰省した翌日、なんだかんだで引き止められながらも彼女の実家を後にした。
行きは緊張で長く感じた数時間の旅も、帰りは疲れで一瞬に感じる。
最寄り駅について深く息を吸う。
国内の、しかも大して離れてもいない場所のはずなのに、自分のテリトリーに帰ってくると安心感が段違いだ。
「帰ってきましたね〜」
キャリーケースを転がしながら彼女は言う。心なしか実家にいた時よりかがりの表情は明るい。
昨日最後に彼女が言った言葉の真意は未だにわからないが、きっと軽く考えてはいけないと人間初心者の俺でもわかる。
「そうだね、帰ったら荷物片付けないと」
遠出した人間の責務、綺麗に畳まれた着終わった服を広げて洗濯機に入れては回し、入れては回し……。
「いえ、それは私がしますので」
「でも2人で遠出したわけじゃん」
「家事が私の仕事なので」
こうなった彼女は頑として譲らない。こういうところが負けず嫌いだって言ってるのに。
「じゃあ俺の分は自分で……」
「なーんでこの人は言うこと聞かないかな〜」
たっと駆けて彼女は少し前へ、振り返るとべーっと舌を出す。子どもか。
「慧さんなんて、一生私にパンツ洗われてればいいんですよ!」
「おいこんな道のど真ん中で言うことじゃないだろ」
休日の昼間、静かな住宅街に人影はない。
「まぁキャリーケースは私が持ってるので?どこかのご主人様に奪われる心配もないですけど?」
まるで俺から守るかのようにキャリーケースを後ろ手に回す。
馬鹿なことを言っている間に家へ到着。
友達と上って恋人と帰ってくるなんて、どこかの広告みたいなことは起こらない旅だった。メイドと行って、向こうでは恋人で、メイドと帰ってきただけだ。
……向こうでの恋人のフリもバレていたみたいだしな。
たくさん持たせてくれたお土産の紙袋をガサガサと鳴らしながら部屋の鍵を開ける。
いつもの癖で少し待ってからドアを引くと、隣を駆け抜けていくかがり。
さっき道路でしたようにこちらを振り返る。違うのは両手でスカートを摘んで膝を折ったことくらい。
穏やかな笑みに綺麗な所作、幻でメイド服が見えるみたいだ。
「長旅お疲れ様でした、ご主人様」
玄関と廊下を隔てるこの一線を越えたら恋人のフリは終わり。
そんな当たり前の事実に少し寂しさを覚えながらも俺は靴を脱いだ。
「ありがとう、かがり」
一歩踏み出す。
「メイドさんもお疲れ様でした」
見間違いじゃなければ彼女の目元にも薄く、寂しさが滲んでいた。