第48話 メイドさんと実家帰省⑧
美味しくご飯をいただいて、一番風呂まで。ちょっとした銭湯かと思うほど広かった……。あそこに毎日一人で入るのは逆に大変じゃなかろうか。
お風呂をいただく前にキャリーケースを開けたが、寝巻きが入っていなかった。確かに入れた記憶はあるから、恐らくかがりの仕業だ。
そのまま「いいからいいから」という声に背中を押されて脱衣所に向かったところ、浴衣が用意されていた。
おかしい、俺は旅館に泊まりに来たはずじゃないのに。
そんなことを考えながら寝室へ向かう廊下を歩いていくと、庭へと出られる開けた場所が現れる。
現代版縁側だ……!
一部分だけ照らされた床が、大きな月の存在を主張していた。
せっかくだしと座り込んでぼーっと空を眺めていると、遠くから足音が聞こえる。
「隣、いいかい?」
現れたのはお父様、俺が今来ている浴衣と似たデザインの浴衣を羽織っている。
素早く立ち上がって礼をする。
「浴衣、お借りしています」
「私のお古ですまんね、よく似合ってるじゃないか」
「ありがとうございます」
どちらともなく縁に腰掛けて、無言で外を見る。
「藤峰君は……甘いものが好きかい?」
およそ厳格な顔から出る質問じゃないなと驚きながら、彼へと顔を向ける。
「今まではあまり食べませんでしたが、かがりさんと暮らすようになってからはかなり」
「だろうなぁ」
苦笑いにしては喜びの色を滲ませてお父様は笑う。
「よかったらこれ、一緒に食べよう」
差し出されたお皿に乗っていたのは3本のみたらし団子。
「いただきます……お父様も甘いものは好きですか?」
「かなりね。一緒に住んでいるということはかがりのアレも知っているだろう」
甘いものに目がないことはよく知っている。あれ、遺伝だったのか。
2人して細い串を摘み上げると、まるで空に浮かぶ月のように真ん丸なお団子を頬張った。
沈黙の時間が不思議と苦じゃない。この現実離れした家のせいか、それともお父様の持つ雰囲気か。
「なぁ藤峰君」
「えぇ」
「かがりは昔から感情を表に出すのが苦手でな」
そうなのか、うちにいる時は表情がころころと変わっている気がするが。
「私や妻も厳しく育て過ぎたと、もっと自由に遊ばせてやればよかったと」
どこに向かって吐き出しているのか、言葉は彼の口から出ると空気に混ざって冬の空へと消えていく。
でも。
「お父様」
小さく、しかしなるべく力強く声を発する。
「かがりさんは本当にご立派です。素直で芯があって、たまに甘えたがりで、負けず嫌いだけど人を思いやる優しさを持った、素敵な人ですよ」
俺の串に残ったお団子は2つ、お父様は1本全部食べ終えたみたいだ。
「そうか」
「えぇ、そんなかがりさんに惹かれたので」
本心を口に出したのは初めてか、胸のわだかまりが解けていくような、降った雪が肌に染み込むように心がすっと軽くなる。
「藤峰君、どうかかがりを、うちの娘を頼んだ」
返事なんて決まっていて。
「おまかせください」
彼は満足気に深く頷いて立ち上がる。
待て待て、残り1本半のみたらし団子はこの時間に食べるには重いって。
そんなこと言える雰囲気でもないが。
「ここからは独り言だから聞き流してくれていいが」
あの、彼女が俺を揶揄う時そっくりの顔で彼は笑う。あぁこんなところまで遺伝なのか。
「君とかがりがどんな関係でも、例えばそれが主人とメイドのような主従関係でも、私はそれでいいと思っているよ」
頭が真っ白になる。
「では夜も冷える、2人とも早く寝るようにな」
そう言って廊下の奥の暗がりへと歩いていった。
入れ替わるように、廊下の反対側からよく知った顔が現れる。
「あ、慧さんだ!一人でみたらし団子なんてずるいですよ!私の分……あ、ちゃんと残ってますね」
そのまま流れるように俺の隣に座るかがり。
子どもはいつまで経っても親には敵わないんだな。
はぁ、と深く息を吐くと甘くて香ばしい真ん丸なそれを口に含んだ。