第47話 メイドさんと実家帰省⑦
「藤峰君はお酒もイける口かい?」
手を合わせていつもの台詞を口にするや否や、お父様からビールを注がれる。
「ほどほどにはですが……お父様は結構飲むんですか?」
注がれたら注ぎ返さねばならない。
「私は……同じくほどほどかな」
お母様が鋭い視線を送っているのを俺は見逃さなかったぞ。
グラスが黄金色の液体で満たされていく。目指すは綺麗な7:3、縁から泡がはみ出る直前で手を止める。
「では」
ずいっと前に差し出されたグラスに自分のグラスを合わせる。
「はい」
カチンっと小さな音がテーブルの上で弾けた。
「「乾杯」」
くぅ、長距離移動の後のビールは心に効く。
「それで、かがりとはどうやって出会ったんだい?」
突然本題に移るのか。
隣に座るかがりが俺の膝に手を置いてくれる。その仄かな温かさに安心してしまう自分が憎い。
「会社での先輩と後輩でして……」
そうやって考えてきた設定を話していく。そんな未来があったら楽しかっただろうな、という小さな諦観を込めて。
◆ ◇ ◆ ◇
ほどなくして、お父様の顔が赤くなっていることに気付く。
「まだ飲めるがな」
そう言いながらも、手元が覚束無いお父様。
「あ〜ほら、あなた弱いんだから」
お母様がそう言いながらお父様を連れて部屋を出ていった。
一瞬の沈黙、空気が弛緩する。
「お父さんお酒弱いんですよ」
2人きりになったからか、彼女は俺の家にいる時のように丁寧な言葉で話す。おい、どこでかなめさんが見ているかわからないぞ……と言いたいところだが、彼女に口止めされているんだった。
「でも結構なペースで飲んでたよな」
「多分嬉しかったんですよ……私一人娘なので。息子が欲しくなる気持ちもわからないでもないですし」
そういうものなのか……待てよ、よく考えればこれって外堀埋められてないか。
これで実は別れましたなんて言えないよな。ということはまたここに来る機会があるということで。
「じゃあ次来た時も一緒にお酒飲まなきゃな」
「…………そうですね、ご主人様。ありがとうございます」
ぽかんと口を開けていたかがりが、心底嬉しそうに笑う。それはまるで雪が溶けて新芽が覗いたときのようで。
この笑顔を見るためなら、恋人のフリなんて何度だってできるのに。
「ごめんなさいね〜、あの人ったら無茶するものだから」
部屋に漂う生温い空気は、お母様の帰還によって霧散する。そこからは夕食に舌鼓を打ちながら、彼女の幼少期の話を聞く。
やっぱり昔から、かがりは負けず嫌いだったみたいだ。