第41話 メイドさんと実家帰省⑥
「慧さんは私のどんなところが好きなんですか?」
かがりから放たれた言葉に耳を疑う。おい、演技にしてはやりすぎだろ。
お母様はにこやかに笑ってるし、問いを投げた本人は伏し目がちに待っている。
「う、ここで言うのはちょっと」
「私は言ったのに?」
「それ出すのはずるいだろ」
言葉を交わしているといつもの雰囲気に戻る。やっぱりかしこまったり敢えて距離を縮めてみたりしても、結局はこれくらいのラフさが俺たちに合っていると思うのだ。
「え〜でも聞きたいな〜私のどこに惚れたんだろうな〜」
伏せられていた目は開き、にやにやと口は歪んでいる。これは本気じゃなくて揶揄ってるな。
「本人のお母様の前で言えるかよ」
「あら、お義母さまって呼んでくれてもいいのよ?」
くそ、発音は同じなのに当てられる漢字の違うことが分かってしまう自分が悔しい。
……でもまぁそうだよな。俺もメイドさ……かがりも20代を折り返し、ここで実家に連れてくるなんて親からすれば結婚前の顔合わせみたいなものだよな。
「えぇ、では『お母様』と」
とはいえどこかで線は引くべきで。
「つれないわね」
お母様も正確に「お母様」の当て字を読み取れるらしい。どうやってるのかわからない。
「そうなの。慧さんは結構頑固だから」
ここぞとばかり唇を尖らせるかがり。勝ち馬に乗りやがって。その可愛く突き出た先っぽを摘んでやろうか。
「うるさいわ、負けず嫌いなのはそっちじゃん」
「何を〜!この前ゲームで負けて悔しがってたのはどっちですか」
いつの間にか近くに身体を寄せたかがりがぐいぐいと腕を押す。
「ふふっ、家でも仲良いのね」
「あっ、失礼しました。お見苦しいところを」
未だに俺の腕を抓っているかがりを無視してお母様に向き直る。
こら、痛いだろ。これじゃあどっちが雇い主かわかったもんじゃない。そういうところが負けず嫌いだって言ってるのに。
「あ、いけない夕ご飯の準備をしなきゃ」
時計を見たお母様はそう言って立ち上がる。
「かがり、あなたも手伝いなさい。普段からちゃんと料理しているんでしょうね」
「してるって。やめてよ慧さんの前で恥ずかしい」
本当にしてるんですお母様。俺の胃袋はもう彼女なしじゃ満足できなくなってるんです。
ここで言うのはやぶ蛇だから口を噤む。
あれ、そういえばかなめさんが作るわけではないのか。このお家のメイドさんってことは、と思ったところで後ろに気配を感じる。
「慧様、もちろん私もサポートいたしますが、ご自身で料理されたいのですよ」
耳元で囁かれて背筋が粟立つ。
「びっくりしますよ、かなめさん」
「失礼いたしました。何やら私のことを考えていらっしゃるご様子でしたので」
「どうやって読み取ってるんですかそれ……」
表情を変えずに、彼女は指を顎に当ててこてん、と顔を倒す。その仕草は。
「もちろん企業秘密です。一流のメイドならば誰でもできますよ。かがりお嬢様にでも……おっと、私は何も知らないことになってるんでした」
彼女は随分と魅力的な笑みを浮かべると、かがりとお母様が消えていった方向へと歩いていく。
おい、今の絶対わざと言っただろ。どこまで知ってるんだ。
ふとかなめさんはこちらを振り返ると、細い人差し指を自分の唇に当てた。
「さて慧様、私のことはお気になさらずに。かがりお嬢様にはご内密にお願いいたします。私、馬に蹴られたくありませんので」
俺がその言葉の意味を考え始めた時にはもう、彼女の姿はそこにはなかった。