第40話 とあるメイドの思惟
side:御堂かがり
目の前に広がる光景を見て、思わず目を細める。ご主人様……ん゛ん゛、慧さんがうちで母親と話しているのは、なんだか感慨深い。ほんの数ヶ月前までは完全に他人だったのに。
それに、今日は初めにかなめさんに会えたのでそれだけで胸がいっぱいだ。
彼女は私が小さな時からうちのメイドをしていて、私がこの道を志すようになった最大の功労者(?)でもある。
かなめさんのなんでもできて、どんな時でも冷静で、それでいて優しさ溢れる姿に憧れたのだ。……まぁ父は私がメイドをしていることを知らないけど。多分どこぞの、というかご主人様と同じ会社でほどほどに働いていると思っているんだろう。
母もメイドのことは知らないはずだけど、あの人は勘が鋭いから……ふと目が合って背筋がゾッとする。さて、どこまで見透かされているのだろうか。
恋人じゃないことは見抜かれているにしても、私とご主人様の関係や、私の心の内まで見抜かれていたら面倒だ。後で少し探りを入れておこう。
「かがり、慧さんのどういうところが好きなの?」
突然飛んできたキラーパス。普通は会社のこととか出会いとか聞くでしょ。でも私の憧れるメイドなら難なく答えるのだろう。だったら私も。
「やっぱり1番は優しいところです、あとは寝顔がかわいいところとか、笑う時にふっと細くなる目元とか、なんだかんだ最後は甘やかしてくれるところとか」
あぁこれ以上はよくない。言えばキリがない。
次々と口から勝手に飛び出す言葉たちをなんとか押しとどめてちらっと慧さんの方へ視線を投げると、赤くなった頬と明後日の方向を向く顔。
まったく、人にはあれだけ優しくて甘い言葉を吐くくせに、逆になったら弱いんだから。
そういうところがかわいいと思う。しかし、果たしてかわいいで終わらせていいのだろうか。
「へぇ、かがり。あなた変わったわね」
母の表情が崩れる。家族以外の人にこういう場面を見られるとむず痒い。
それがご主人様なら尚更だ……あれ、どうして尚更なんだろう。
甘いいちごを目の前にした時とも、ふんわりしたシュークリームを差し出された時とも違う。口の中に優しい感触は無いけれど、甘い電流が身体に走るような。
触れれば壊れそうな、しかし勢い任せに口に出してしまいたくなるようなこの感情は。
それでも今はこの気持ちは、心の中の大切なものを仕舞う小さな箱に入れて、もう少しだけ一人でかわいがるのだ。
名前すらないこの気持ちは、きっときちんと水を遣ってお日様の光を当てて、丁寧に育てればいずれは実を結ぶ。
その結果が表面的には別れだとしても、きっと納得できるのだろう。はて、契約条件にどんな禁止事項が書いてあっただろうか。
私たちの家に着いたらもう一度読んでみよう。
普段は私が楽しいから揶揄っているけど、ここはひとつ、下心を出してみてもいいんじゃないだろうか。
1番そばにいる異性には、かわいいと思われたいのだ。それに今は恋人だし。
そして私は、先ほど自分が母にされた質問をそのまま彼に投げかける。
「慧さんは私のどんなところが好きなんですか?」