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第38話 メイドさんと実家帰省④

「着きましたよ、慧さん」


 ゆさゆさと身体を揺すられて目を覚ます。タクシーは静かに止まると、扉がひとりでに開いた。


「んん……ありがと、メイ……かがりさん」


「さん付けにするんですか?」


 思ったよりも近くにある彼女の顔にドギマギしてしまう。寝起きに美人を見ると心がザワつく。

 優しく細められた目に魅入られたのは秘密だ。


「さん付けでもおかしくない気がしてきたし、かがりさんでいこうかな」


 平静を取り繕ってなんとか口を開く。


 だめだ、起きたばかりで頭が回らない。

 とりあえず運転手さんにお金を払って外へ。車内との……というより彼女の体温を感じられなくなった温度差で、徐々に目が覚める。


「え〜私呼び捨てがいいな〜」


 この奇妙な関係のせいかタメ口になってるじゃねぇか。


「でもかがりさんも俺のことさん付けで呼ぶじゃん」


「そっちの方が奥ゆかしく見えませんか?私こう見えても」


 くるっとターンしてこちらを振り向くかがりさん。

 たっぷりとしたスカートが綺麗に舞う。吐き出された白い息も相まって、まるで冬の妖精に見える。


「お嬢様だから?」


「あら、どうして私の言うことがわかったんですか」


「そりゃあこれだけ一緒にいるから。考えてることの一つや二つわかるさ」


 彼女の表情は固まったまま。

 ロボットのようにギギギっと身体を動かすと、そのまま歩き出す。


 無言ですら心地いい、こんな関係が特別じゃないならなんだと言うのだ。


「私が今何考えてるか分かりますか?」


 不意にかがりさんが口を開いた。

 風に吹かれたカーテンのように髪が彼女の横顔をまばらに映す。


「さぁ、今はわかんないな」


 目を伏せると、かがりさんは口の端を少し持ち上げた。



 やがて俺たちはとんでもない広さの敷地を誇る豪邸へとたどり着いた。


「準備はいいですか?慧さん」


 背筋を伸ばして彼女はインターホンに指を掛ける。


「まかせてかがりさん」


 俺の言葉が終わらないうちにかがりさんはその細いでボタンを押し込む。


「はい」


 奥から聞こえるのは落ち着いた渋い声。


「かがりです、戻りました」


「入りなさい」


 その声が聞こえるや否や門がひとりでに開く。


「では行きましょうか」


 毅然と硬い声を発するかがりさん。彼女の肩を見ると少し震えている。

 こんな時どうすればいいのか。


 自分の雇ったメイドが緊張している時に主人がとれる行動なんて決まっている。


「あぁ、いこうか、かがり(・・・)


 彼女の返事は待たない。力の入ったかがりさんの腕を自分の腕に絡めて歩き出す。

 歩幅は自分でもちょっと大きいと感じるくらいに。


 

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