第35話 メイドさんと実家帰省①
「それじゃ行くよ、メイドさん」
玄関へと続く廊下で行きたくないとイヤイヤ期に入ったメイドさんを引っ張る。
「行きたくないです!!!!」
「なんでよ!この前ノリノリで設定決めてたじゃん」
「ここに来て面倒くささが勝ってるんです〜二日酔いで頭痛いし」
家の中で私服のメイドさんを見るのは初めてかもしれない……着てる服は割とメイド服に似てるけど。
襟付きのシャツにロングスカート、髪はアップに纏めていて、どこぞのご令嬢のような出で立ちだ。
「せっかくちゃんとした服に着替えたんだから行かなきゃもったいないでしょ」
「うう……昨日ご主人様が起こしてくれなくてソファで寝たから顔の治安が悪いですし……」
「えっ!俺のせい?」
「はい」
すんっと真顔に戻るメイドさん。んなわけあるか。どう考えてもお酒飲んでだる絡みしてきた彼女が悪い。
「でも昨日お酒飲んだのはメイドさんじゃん」
「ぐぬぬ」
押し黙ってしまったメイドさんの腕を掴んで立たせる。そのままキャリーケースと彼女を引きずって玄関へ。
「今回は1人じゃなくて俺も行くからさ」
「はい……」
ようやく覚悟ができたのか、自分の足で立つ彼女。
「冗談は置いといて、今日のご主人様何だかいつもと違いますね」
え、冗談だったの?今の時間返してくれ。
じーっと俺の全身を舐めるように見てメイドさんは口を開く。
「あれかな、髪ちゃんと整えてるからかな」
「スーツも会社に行く時のと違いますよね?」
「よく気付くね……」
「そりゃあ誰がご主人様の服洗濯したりアイロン掛けてると思ってるんですか」
自慢げに鼻を鳴らして彼女は言う。
さっきまで外に出るのを渋っていた人と同一人物だとは思えないな。
「でも私の実家に着くと……あっ、いやなんでもないです」
「何その気になる間、教えてよ」
「着いてからのお楽しみということで」
ぐいぐいと背中を押されながら扉を開けると、昼前の日差しが容赦なく俺の目に入ってくる。
玄関を超えたということは。
「それではここからは私のことは遠慮なく『かがり』と呼んでくださいね、ごしゅ……慧さん」
「ちょっと危なそうだけど大丈夫?」
「うるさいですよ!新幹線で練習しますので。ご主人様こそ呼べますか?」
「全然呼べるよ、かがり。今日はよろしくね」
「〜〜〜っ!!こういう時だけこの人は!」
こういう時だからこそ普段の仕返しをしていかないと。取り急ぎはこの前負けたゲームのかな。
靴を履く前より多少はテンポの早くなった心臓の鼓動は知らないふりをして、俺は彼女が家から出るまで扉を開けているのだった。