第32話 メイドさんと勝者の事情①
「実家……?」
ここで出てくるとは思えない言葉に脳が混乱している。
「えぇ、実家です」
だめだ、全く理解できない。俺メイドさんのご両親と知り合いだったっけ?
「実家帰省は全然してくれたらいいんだけど、なんで俺まで……?」
「これには深い訳があるんです」
メイドさんは洋菓子の袋を開けながら真剣な顔で話し出す。
表情と行動が一致してないんだよな。いつ取り出したんだその大きな袋。
あんぐりと口を開けてフィナンシェをそのまま放り込む、もっしゃもっしゃと咀嚼してから2個目に手を……。おい。
「まって、深い訳を話してくれるんじゃないの」
「え、、、?洋菓子の方がだいじ、、、」
優先順位が俺のそれとは違いすぎる。これ甘味禁止とかにしたら
「それに」
「それに?」
ビリッと2つめの袋を開けてフィナンシェを取り出すと、彼女は半分に割ってこちらへ差し出した。
「ご主人様は|敗者なので」
満面の笑みで言うことじゃないだろ。くそ、それもこれも変な自信で勝負を受けた俺が悪いのか。
数秒の咀嚼タイム、俺も貰った半分のフィナンシェを食べる。
「まぁ冗談はさておき」
「どこまでが冗談だ……実家のくだりから?」
「いや、そこはほんとです」
「じゃあ尚更理由を教えてくれよ」
「仕方ないご主人様ですね〜」
おかしい、金払ってるのはこっちなのにどうして罵倒されなきゃいけないんだ。それこそそういうサービスじゃねぇか。
「あれは聞くも涙語るも涙、私が生まれた時の話なんですけど……」
「え、まさかの生まれた時から?今から20何年間の話聞くの俺」
「あー言えばこう言う、まったく」
えぇ……これ俺が悪いのか。
もう夜も深まってきたしさっさと教えてくれないかな。
「家に帰ったらお見合いさせられるので、抑止力にご主人様を連れていこうかなと」
「この時代に……?」
「普通そうなりますよね、そうなんですよ!こんな時代に!結婚しなくてもいい時代にって某大手ブライダル企業も言ってるのに!」
吠えるメイドさん。姿勢はそのままに、口からフィナンシェの欠片ひとつも落とさない技術には目を見張るものがある。やはりプロのメイドは違う。
お見合いについてはお気の毒にと思うが、俺を連れていくってことはつまり。
「わかったようですね……ご主人様は私の彼氏役をしてもらいます」
そんなことある?あんなん学生ラブコメ漫画の中だけだろ……。俺もうアラサーだぞ。
さっきまでの勝者の余裕はどこへやら、そわそわと脚を揺らすメイドさんは、こちらを伺うように俺の顔を覗き込んだ。